第40話 船着場からの脱出
その中でも、中央にある船は一際大きく、その船首に立つ白髪の外国人の存在感は圧倒的だ。
「……あの男が元この島の島頭だった、海斗アレハンドロ」
「あの男が……」
その彼の隣には恐ろしく美しい髪の長い女性が佇む。
「……なんて綺麗な」
交戦中にも関わらず、優作が雪乃の魔性の美に見せられる……
だが、彼等幽鬼からの攻撃が再開されるとそれどころではなくなった。
アレハンドロが手を上げると、他の船に乗る幽鬼達がその手に銛を持つ。そしてアレハンドロがその手を僕達に向けて振り下ろすと共に、一斉に銛が放たれたのだ。
先程よりも倍の数はありそうな銛が降り注ぎ、僕達はなんとか崩壊寸前な掘っ建小屋で奮闘する。
僕はもう一度前方に向けて糸を吐くが、全ての銛を捕らえきれない。
「クッ、なんて数だ!」
そんな中、僕の糸で捕らえきれなかった銛のうちの一本が、早苗の右腕に突き刺さり肘から先を切断してしまったのだ。
「ギャアァァ!!」
「早苗!」
あまりの痛みに女性らしからぬ悲鳴を上げる早苗。美優子が早苗の側に駆け付けて、【水躁術】の''癒泉''という回復の術を使い失血する。
「ヒナ! 早苗さん達を守ってあげてくれ」
「了解!」
ヒナが早苗と彼女を診る美優子を守る様にその前に立つ。
弓夜は皆のリーダーだ、私情で動くわけにはいかない。走り寄りたいのを我慢して弓で銛の起動を変える。
僕は体を徐々にブラックウィドウのものに変化させ、皆を守る様に蜘蛛の糸に掘っ建小屋の残骸を絡めながら、幾重にも重ねていく。
それと同時に、仲間の皆の体にも蜘蛛の糸を括り付けておいた。
この船着場は浮島なため、海に落ちた際の保険に付けておくのだ。
それでも雨の様に振り落ちる銛に、弓夜達も机を盾がわりにして凌いでいるが流石に無理がある。
「弓夜兄い! どうするんだよ!?」
「クッ、この建物内にいてはジリ貧だ。なんとか抜け出さなければ!」
この状況に、僕もある作戦を実行する事を弓夜に進言する。
「弓夜さん僕に考えがあります。しばらく時間をください!」
頭以外を蜘蛛の身体に変化させている僕に引き気味の弓夜だが、そんな事は言ってられない。
何度でも言うが見た目なぞ二の次だ。
「き、君に考えがあるなら任せる。頼んだぞ!」
弓夜のその返事を受けてすかさず僕は建物から抜け出した。
幸いに攻撃の間を狙った僕は、幽鬼達の標的にされる事なく、掘っ建小屋から抜け出す事ができたのだ。
そして僕が目指すは崖の上。
その頃には頭も蜘蛛のものに変化している。もはや会話の必要が無いためだ。
1人の状態なら蜘蛛の糸を使ったアクロバチックな動きも出来る。これなら予想以上に早く上に行けそうだ。
「いいのか弓夜兄い!?」
優作がマジかよとばかりに弓夜の方を見る。
「今のこの状況では彼の能力に賭けるしか道はない。彼が居なくなるのは痛いが、ここは任せてみよう」
本家筋の人間という事でいまいち信用の無かった僕、少しずつ信用を積み重ねていくしかない。
そしてなんとか崖の上にたどり着く事ができた僕は、崖の上にある幾本かの木に、糸を何重にも括り付ける。
用意は整った。
僕の作戦はこうだ、事前に皆の体に付けておいた糸は今も僕と繋がっている。その糸を利用して、皆を一気に崖の上に釣り上げようという作戦だ。
僕の移動さえ終われば後は、糸を引くタイミングを計るのみ。
チャンスは奴等が銛を投げたその瞬間、投げる前でも後でもいけない。
なぜなら糸に引かれ宙に浮いた彼等を、狙われない様にしなければならないからだ。
銛を投げた瞬間なら次の銛を投げるまで僅かな間があく、その間を狙いたい。
そして幽鬼共が銛を投げたその瞬間、僕は事前に弓夜達に括り付けておいた糸を引き戻した。
今僕の体は、ゴンズというパワーに特化した中位妖獣のものに変化させている。
ゴンズは上半身が馬の頭に、毛皮に覆われた人の胴体と腕、下半身が蜘蛛というキメラ種の妖獣だ。
変化する際、下半身が蜘蛛というのが迅速に変化する際に役立った。
ゴンズは本来10mを超える巨大を有し、動きは遅いが1tの巨石を持ち上げ放り投げるなどの戦い方を好むパワー型の妖獣だ。
早く言えば脳筋の妖獣という事。
だがまだ僕には、10mを超える大きさを補う変化の能力が足りないらしく、3分の1の3m程の大きさにしか成れなかった。
それでもそのパワーは桁違いだ。
人間の4人程度なら軽々と引き寄せられる。
「うおぉぉ〜!な、なんだ?!」
「キャアァ!」
僕は事前にネット状に張っておいた糸に、彼等が掛かる様に引き戻したのだ。
糸のコントロールが難しかったが、何とか上手くいった様だ。
最初は皆何が起こったのか分からずキョトンとしていたが、僕の異形の姿を見て僕の仕業だと悟る。
「乱暴な作戦ですいません」
「優畄君助かったわ!」
美優子は素直に礼を言うが、優作は僕に活躍されて悔しそうにしている
「【獣器変化】か…… まさになんでもありな能力だな」
「でも助かった。君が居なかったら僕らはあの小屋で全滅していただろう…… 本当にありがとう」
「やっぱり優畄は最高!」
ただ1人僕の胸に抱き付く様に引き戻され飛び込んできたヒナさん、僕の馬面に頬を擦り寄せてくる。
流石にゴンズの姿のままではアレなので、僕はすでに元の姿に戻っている。
「ここは危険だ。一先ず離れよう」
僕は去り際に破壊された船着場と船の残骸を見る。
本土に帰る術を失ってしまったのだと悟る僕が思う事はただ一つ。
(……皆、無事に帰れるといいのだが………)
なんとか脱出は出来たが早苗の怪我などもある。一先ず僕等は休めそうな場所を探して移動する事にした。
その頃、僕等にまんまと逃げられてしまったアレハンドロが、誰も居なくなり崩れた船着場を忌々しそうに睨み付けていた。
だが彼はその口元に笑みを湛えると、船団に退却の合図をだす。
『ククククッ、結界は無くなり獲物は放たれた。さあ狩の始まりぞ!』
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