第17話 初仕事


8月3日



翌日、僕たちはボーゲルに連れ出され車に乗せられてしまった。そして今はある場所を目指し移動している。


ボーゲルの話によると、なんでも黒石の領土内にある屋敷から50km程離れた場所にある漁村に、視察に行くという話だが……



「……あの僕らまだ未成年なんだけど」


「そんなに難しい仕事ではございません。黒石の皆様なら何方にでも出来る簡単な仕事でございます」


「……」


少しトゲのあるボーゲルの言い振り。ならお前がやれ!と言ってやりたいが言わない。いや、言えない。


そんなボーゲルに僕は無言で返すことで密かな抵抗とした。


そしてヒナは走る車から外を眺めるのに夢中の様だ。



「ゆ、優畄さ、あれ、見て面白い」


「あれは何かの看板だね。なんの看板だろう?」


ヒナには僕にタメ口を聞くように言ってある。彼女とは支え合える対等の関係でいたいからだ。


僕が主人だとインプットされているせいか、まだたまに敬語が出てぎこちないが、そのうち慣れるだろう。



昨晩はあの後、泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった僕。


目覚めた時にはヒナが僕に抱き付いて眠っており、その状態に驚きはしたが、突き放すのもあり得ないのでそのまま寝かせておいた。


起きてからも行く先々、どこへでも着いて来ようとするヒナには正直困った。


心の奥で、魂で繫がる者同士、心情がダイレクトに伝わってしまうのだ。



(まさかトイレやお風呂にまで入って来ようとするとは…… そこら辺の常識も教えておかなくちゃな)


きっと僕の事が心配でたまらなかったんだと思う。


まったく情けない主人だ……



それと新しく僕に芽生えた能力だが、これは試して見て非常に強力なものだと分かった。


まだ覚えたてで段階が上がっていない状態にも関わらず、肩から腕にかけてを猫の物に変化させてみたところ、通常時の2倍から3倍近くの力が出せる事が分かった。


腰から脚にかけてをチーターに変化させれば、100mで8秒台、全身を変化させれば幻の5秒台も可能だと思う。


そして不思議なのが、体を変化させた時に僕の本来の質量と体積より大きな動物にも変化出来たのだ。


一体何で足りない分の質量と体積を補っているのか、全くもって僕には分からない……


どうしてそんな出鱈目な事が出来るのか、それは僕の先祖たちが1000年を超える長い期間に、戦い食らって取り入れてきた生き物の遺伝子を、黒い石を経由して僕の体に伝えているからだ。


いわば1000年の黒石の血族の集大成がこの能力なわけだ。


でも遺伝子を取り込むてどうやるんだ? 元いた黒石の者の能力は今の僕らのものとは根本が違っていたのかもしれない。



本当にあの石ころは何でもありのようだ。



そんな事を考えているうちに、車は目的の集落に到着したようだ。


僕らが車から降りると、要は済んだととばかりにボーゲルは車をUターンさせる。そしてありえない事を僕たちに伝えたのだ。



「それでは優畄様。今から4日後にお迎えに参りますので、こちらの件はよろしくお願いいたします」


「えっ? ま、まさか僕らだけで視察をしろと言うのか!それも迎えが4日後て?!」


その僕の問いかけに応えることなくボーゲルは車を発車させる。



「お、おい!待って……」


僕の叫びも虚しく、ボーゲルは止まる事もなくそのまま走り去って行ってしまった……



「クソッ! こんな所でどうしろっていうんだよ!!」


ガンッ!


近くにあった鉄柵を思いっきり蹴りつける。能力が僕の体に馴染んできているのか、鉄柵がひしゃげる。


そんな僕の激情が伝わったのか、ヒナが懇願するように僕の服の裾を掴む。



「だ、大丈夫だよ、私、いるよ優畄さ……」


ヒナを見ると酷く怯えた表情をしている。彼女なりに現状を察して、精一杯僕を励まそうとして頑張っているのだろう。


(ヒナはまだ満足に動く事も出来ない、それなのに3日間もこんな所に置いてけぼりだなんて……)



「大丈夫。なにがあっても君のことは、僕が必ず守るから!」


泣き言なんて言ってられない。必ずヒナと2人で帰るんだ。



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