第2話 幼馴染という存在


朝起きると僕はいつものように学校へ通う。


斜め前の桜子の家を見ると自転車がなくなっていた。学級委員長で真面目な彼女はいつも皆よりも早く学校にいくのだ。


僕も愛車のママチャリ"ゲーリークーパー号"に跨り学校へ向かう。


なぜこの名前なのかというと、僕の誕生日がかのゲーリークーパー氏と同じだったからだ。


偶然開いた雑誌の特集に載っていたのだ。それに運命を感じた僕は彼のファンとなった。


ちなみに彼の主演映画は一切知らない……




学校に着けば、そこそこ仲の良いクラスメイトと挨拶を交わし、たわいのない話をしながら歩を進める。そうすれば、さほどかからず僕は自分のクラスにたどり着く。


教室の一番後ろの窓際、そこが僕の席だ。


そこからいつものように、クラスの中心となって楽しそうに騒いでいる桜子をチラチラと窺うのが僕の朝の日課だ。


そんな朝の日課に僕が勤しんでいる時、僕の携帯に母からの着信が届いた。



[夏休みお父さんの実家に帰省する。長期の予定、準備よろしく]


「……」



いつもと変わらぬ母からの事務的なメールに軽い溜息がでる。


(しかし父さんの実家て…… 父さんが死んでからもう8年も経つのになんで今更?)


僕の父は、僕が7歳の時に不慮の事故で帰らぬ人となったと聞いている。正直、僕も父親の事はほとんど覚えてはいない。


なんとなく居たという記憶だけはあるのだが、何々をしてもらったり遊んでもらったという記憶は一切ない。


だから父に対してなんの感情も興味もないのだ。



それが今になって何故、僕らの元に父方の親類からの接触があるのか、理解に苦しむ。


まあ夏休みといっても受験を控えた身だ。涼しい田舎で勉強漬けも悪くないと割り切ることにしよう。


正直、勉強はしなくとも幽霊カンニングを利用すれば志望校の受験は受かるだろう。だがいきなりこの能力が使えなくなるとも限らないのだ、出来ることはやっておいて損はないということだ。


そうこうしてる間に授業のチャイムが鳴る。そして僕は一番後ろの席でのんびりお昼寝タイムだ。



昼休み、仲の良い宇賀島満(部員数3名の神社社台研究会の会長。彼の家には雄のトラ猫がおり、遊びに行くたびにこれ見よがしに抱いて来る)と、


齊藤洋介(俺の齊藤は難しい方の齊藤だ、他の斉藤とは一緒にしないでくれが口癖で、なにが楽しいのか、アリの巣を入れたガラスケースを眺めて居るのが趣味だ。)の2人とたわいの無い漫画の話をしている時だった。



「……黒川くん、ちょっといいかな?」


聞き覚えのある声に振り向いてみれば、なんと、3年間一度として口を利かなかった桜子から、お呼び出しのお声がかかったのだ。



「えっ!? あ、ああ……」


(な、なんだろう……チラチラ見ていたのがバレたのかな?)



僕の脳裏に桜子を殴った昔の記憶が蘇る…… もう僕はネガティヴな方向にしか考えられない。


桜子の後に続いて学校の屋上に行く。歩いている間にもドキドキドキドキと僕の胸が高鳴る。



桜子に呼び出され屋上にやって来た僕たち。



「……」


「……」



なぜか桜子の顔を真っ直ぐに見れない自分がいる。斜めに目を逸らしながらなぜ自分が呼ばれたのか考えを巡らせる。


しばしの間2人に沈黙が続いていたが、その沈黙を嫌ったのか桜子の方が先に口火を切った。


「……ねえ、こうやって2人で会うのは久しぶりだね」


「あ、ああ、そ、そうだね……」


キョドリながらなんとか返事を返す。



「黒石くんも北高受けるんだってね」


黒石くんか…… 昔みたいにゆうちゃんて呼んでくれないんだな。



「あ、ああ…… う、家からも近いしな」


「……じゃあお互いに受かれば、一緒の高校に通う事になるんだね」


「あ、ああ…… そ、そうゆう事になるのかな……」


「………」


「………」



だめだ、会話が続かない……なにを話したらいいのか分からない。


3年間のブランクは思いの外大きいようだ……


だが、


いやある、あったはずだ! 僕は桜子に対して言わなければならない事がある、謝らなければいけない事が僕にはあったはずだ。


そう、あの時の事を彼女に謝らなければならない。



「あ、あのさ…… み、宮嶋に言いたい事があ、あるんだ……」


喉がカラカラに乾き言葉が上手く喋れない。



「……言いたいこと、私に?…… なにかな?」


「……そ、その……あの………」



だが、どうしても後一歩を踏み出せない僕は、そのまま言葉を詰まらせてしまったのだ。


頭がテンパってきた。


このまま謝れずに終わるのか、それは嫌だ、嫌だけど、どうしても言葉が詰まってしまう……



「……ねえ黒石くん」


そんな時だった、今度もまた桜子の方から沈黙を切り開いてくれた。



「えっ?」


「私たち…… 仲直りしない?」


「ええっ?!」


桜子からの突然の和解の提案に僕の考えが追いつかない。



「私、石黒くんと…… ううん、ゆうちゃんと仲直りしたいの…… 昔みたいにゆうちゃんと仲良くしたいの。同じ高校に通う事をきっかけに、昔のように、どおかな?」



そう桜子は、優畄を嫌ってなどいなかったのだ。


それどころか逆に彼に避けられていると思いこみ、気を使って距離をおいていたのだ。


双方の勘違いが生んだ悲しいすれ違い、これがこの3年間に渡る2人の幼馴染の顛末だ。


桜子が僕に勇気をくれた、ならば僕も前に踏み出さねば。



「宮嶋さ……さ、桜子! ぼ、僕の方こそごめん!あ、あの時殴ってしまった事をずうっと後悔していたんだ! ずっと謝りたかったんだ君に…… 本当にごめんなさい!!」


桜子に対して勢いよく頭を下げる。


桜子の予想外の発言をきっかけに、言いたかった事がスラスラと出てくる。


3年間の思いをこの一瞬にぶつける。



「うん…… これで昔のように仲の良い幼馴染に戻れるね」


満面の笑みで僕の謝罪を受け入れてくれた彼女。



「ああ…… よろしくな桜子」



青臭く照れ笑い合う2人。


僕たちは3年ぶりに仲直りした。そして僕は

二度と、彼女を泣かさないと密かに違うのだ。


そして、桜子がほんのりと頬を赤らめながら意を決したように優畄に聞く。



「それと…… 8月22日空いてる?」


「えっ、8月22日?」


「…… よかったらその日の花火大会、私と一緒に行かない?」


桜子と仲直り出来ただけでも大満足なのに、花火大会のお誘いまで来るとは、まるで夢のようだ。



「あ、空いてる、空いてるよ!全然空いてるよ!! もちろん花火大会一緒に行こう!!」



そのとき僕はあまりの有頂天ぶりに、夏休みは父の故郷に帰省するということをすっかり忘れていた。


完全に浮かれていた…… 今更帰省したくないとは言えないだろう。




そしてかの地で、僕が地獄を体験する事になろうとは、この時には夢にも思わなかったんだ。













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