第4話:毒殺・アイリス視点

 公爵令嬢は私にとって最高の立場です。

 衣食住の心配など全くありません。

 それに病気療養中というのはとてもありがたいモノです。

 本来の公爵令嬢ならやらなければいけない勉強も社交も、全くやらなくていいのですから、病気のフリを続けるしかありません。

 

「マイラ、錬金術と魔術に必要な道具が欲しいの、持ってきて」


「勉強に必要なモノなら公爵閣下にお願いして新しい物を買っていただきましょう。

 アイリスお嬢様は公爵家の令嬢なのですから身分に相応しい新しい物が必要です」


 マイラの話から想像するに、公爵家はとても裕福なのでしょう。

 身に着ける物はもちろん使う物も、最高の素材を最高の職人に加工させます。

 最高の道具は欲しいですが、その為に待つ事は嫌です。

 私は直ぐに欲しいのです、直ぐに実験がしたいのです。


「そのような時間はありません、いえ、それよりも危険です。

 私が元気になって屋敷で勉強をしているなんて噂がたってはいけません。

 新しい道具を使うなどもってのほかです。

 屋敷にあるモノを探して使うのです、いいですね」


「これは考えなしな事を申してしまいました。

 誠に申し訳ありません。

 これからは気を付けますので、なにとぞご寛恕願います」


 マイラが本気で詫びています。

 そんなに謝られると胸が痛みます。

 私はただ今直ぐ実験をしたかっただけなのです。

 新しい道具を注文して完成するまで待てなかっただけなのです。


「気にする事はありませんよ、マイラ。

 それよりも早く食事を持って来てください。

 マイラの給仕で食事がしたいわ」


「はい、少々お待ちください、直ぐに作らせてまいります」


 食事、これにも困っています。

 呪殺されかけたからでしょうか、父母が毒殺を異常に警戒しているのです。

 他の家臣や使用人が私を逆恨みするほど厳しい注意をします。

 これが父母や兄の為なら家臣も使用人も喜んでやるのでしょうが、私の為だと腹が立つようです。


 それに、私もだんだん贅沢になってしまっています。

 前世で引き籠っていた時には、誰かに会う位なら三日くらい断食するのは平気でしたが、この世界では使用人に言えばしばらく待てば持ってきてくれます。

 ただ父母の命令に従うために何度も毒見が繰り返され、私が食べる頃には冷めてしまっています。


 でも、マイラか乳姉妹に命令すれば、直ぐに暖かくて美味しい料理を持ってきてくれます。

 それが分かっていて我慢なんかできません。

 だから私が少々我儘になるのも仕方のない事です。

 こんな環境が前の身体の持ち主を我儘にしてしまったのでしょう。


「お嬢様、奥様が会いたいと使いの者を送られてきました。

 直ぐに着替えをお願い致します」


 これです、これだけがこの世界に来てからの避け難い苦しみです。

 最初は呪殺の後遺症で苦しいと言って会わないようにしていたのですが、魔術と錬金術を学び始めてからは仮病が通用しなくなりました。

 正直に言えば、一時は元の身体の持ち主のように我儘放題で会わないようにしようと思ったのですが、それは駄目でした。

 何故か前の身体の持ち主は父母と兄には素直だったそうです。

 甘えどころを心得ていたのでしょうか。


「分かりました、ですが適当な所で苦しみだしますから、母上にお帰りしてもらってくださいね、バルバラ。

 私と一緒にいて呪殺や毒殺に巻き込まれてはいけませんからね、いいですね」


「はい、心得ています」


 乳姉のバルバラがまた感動したような表情をします。

 別に母になったハイディという人を本気で心配しているわけではありません。

 できるだけマイラと乳姉妹以外とは会いたくないからだけです。

 何より公爵令嬢のマナーを守りながら一緒にお茶をするなんて地獄です。

 

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