喪女なのに悪役令嬢に転生しました、何もやる気になれません。
克全
第1話:因果応報
「お嬢様、お嬢様、しっかりしてくださいませ、お嬢様。
バルバラ、急いで先生を呼んでくるのです。
ドミニクは公爵閣下と奥様には近づかないように申し上げてくるのです」
「「はい」」
ヴィゼル公爵邸は大騒ぎになった。
公爵家長女のアイリス嬢が呪いを受けて生死の境をさまよっていた。
公爵家の家臣である魔術士と呪術士、治療士と薬士が走り回っていた。
アイリス嬢の受けた呪いを急いで解呪しなければいけないのは当然だが、ヴィゼル公爵と奥方に後継者の長男も護らなければいけないのだ。
公爵と奥方と長男の側近は命懸けで主君を護ろうとしていた。
だがアイリス嬢の側近は、乳母のマイラ、乳姉妹のバルバラとドミニク以外はアイリス嬢など死んでしまえばいいと思っていた。
いや、家族と乳母と乳姉妹以外は、家臣全員がアイリス嬢などこのまま死んでしまえばいいと思っていた。
それほどアイリス嬢は忌み嫌われていた。
本当に家臣の誰もが信じられない想いでいたのだ。
理想的な貴族像を体現したとしか思えない、高潔な精神と悪魔も恐れる武勇を併せ持つヴィゼル公爵を父に持ち、地母神のように慈悲深い奥方を母に持つのに。
アイリス嬢はどうしようもない性悪な性格をしていた。
社交界では歳の近い令嬢達からは忌み嫌われ恐れられていた。
アイリス嬢は逆らう者には信じられないほどの陰湿な虐めを行う性格だった。
家族と乳母と乳姉妹以外は因果応報だと思っていた。
今まで散々陰湿な虐めを繰り返していたのでその復讐を受けたのだと思っていた。
今までやって来た事を考えれば殺されても当然だと思っていた。
家臣達が知る範囲でもアイリス嬢の虐めで精神を病んだ者が十指に余る。
領地に逃げて王都を去った令嬢は数えきれないほどだ。
婚約者である王太子もその行動には眉をひそめているという噂がある。
このままではヴィゼル公爵家の家名に傷がつくと家臣達は考えていた。
できればこのまま死んでくれと願っていた。
ただ敬愛する公爵閣下と奥方様がアイリス嬢を溺愛しているので、表立っては何も言えず何も行動を起こせなかっただけだ。
そうでなければとうの昔にアイリス嬢は修道院に押し込まれていただろう。
「お嬢様、お嬢様、しっかりしてくださいませ、お嬢様。
神様、どうか神様、お嬢様をお助けください。
お嬢様をお助けくださるのなら、この命を差し上げます。
ですからどうかお嬢様をお助け下さい」
乳母マイラの必死の願いだった。
マイラもアイリス嬢の行いを知らない訳ではなかった。
それでも自らの乳を与えて育てたアイリス嬢が可愛かった。
それにアイリス嬢が意地悪な性格に育ったのは乳母の自分の責任だと思っていた。
もしかしたら誰かの呪いで性格が悪くなったのではないかと思ってもいた。
今回の呪いと同じように、呪いがアイリス嬢の性格を歪めたのだと思いたかった。
自分が命懸けでお救いすれば、呪いが解けて性格が治ると信じたかった。
だからこそ必死で祈り願っていた。
だがのその真摯な命懸けの祈りと願いも虚しく、アイリス嬢の心臓は止まった。
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