第18話 探偵 同情す

 最近、勇者は、事務所のソファーに寝そべって、ぼーっと虚空を見上げながら菓子を食っている時間が多くなった。生命の危険が無くなったいま、魔王討伐のことを思い出しているようだ。


 そして万華と湘賢は何かにつけて言い合うが、勇者の前では静かになり、万華は何処かに行ってしまう。


「今回の魔王討伐失敗に関しては、蓬莱の責任が大きいんや。気の毒でウチには声がかけられへん」

と万華が去り際に俺に呟いたことがある。


―――勇者は、ブリリアント大陸の小さな国の王家に生まれ、国王夫妻の暖かい庇護の元、なに不自由のない暮らしを送っていた。しかし、その暮らしは、魔王の台頭で終わりを告げた。魔族に王国が襲われ両親を失い、勇者は魔族と結託した隣国の兵に捕らえられ、奴隷となってしまう。しかし、ある日コンシェルジュの啓示を受けた。勇者は奮起し、仲間と友に冒険をしながら聖剣フォルーラーを得て、魔王を討伐直前まで追い詰めた―――


 まあ、ここまでは、定番の勇者冒険譚だな。


―――魔王に聖剣を突き立てた瞬間、その生死を確認する前に俺達の世界に転移した。華々しい凱旋も勝利の宴もなく、多摩川の土手をさまよい歩いた―――


 不運だったとしか言い様がない。


 そして、レベルとスキルがゼロになった事も気落ちしたようだ。弱い魔物退治から始める単調なレベル上げは苦行その物。これまでの人生の大部分を費やし、やっとのことで魔王に対抗できるレベルになったのに、それが全て消えてしまえば、頭が真っ白になるだろう。


 しかし、心が折れた最大の原因は、『仲間の期待に応えられたのか不明であること』のようだ。


 仲間の4人のうち3人を魔族との闘いで失い、1人は行方不明となった。その仲間から『必ず、魔王を滅ぼしブリリアントに平和を取り戻してくれ』と希望を託されたが、その希望に応えられたか、分からずじまいなのである。


 今の勇者は、失意のどん底にある。


 一方で湘賢は、何度も蓬莱に戻り勇者のいた世界とのルート回復をお願いしていると万華から聞いた。その湘賢の話では、ルートが回復しかけたところで誰かが邪魔をしたらしく、その所為に回復が大幅に遅れる事態となっているとのこと。


 泣きっ面に蜂、悪いことは重なる。


 とは言えソファーに寝てられると新しい依頼者が来たとき困る。仕方ないので隣の書庫を久保田と片付けて、湘賢と勇者をそこに押し込んだ。


 その久保田だが、また何を勘違いしたのか

「外国の秘密情報機関の陰謀に巻き込まれたですか? フレリーさんは元諜報員ですよね」

と言ってきた。


 何処を如何勘違いすると、フレリーが元諜報員になるのか、俺にはサッパリ分からないが、久保田には、信じていた組織に裏切られたスパイと映っているようだ。


 万華や湘賢は、魔王が如何の、魔法具が如何のと、久保田がいる前でも平気で喋っている。


 時々ハラハラするのだが、

「万華と湘賢が、フレリーを『勇者』と呼ぶのはどう思っているのだ?」

と聞くと、小声で、

「コードネームでしょう?」

と応えた。


 久保田は、斜め上を行く、現実主義者なのかも知れない。

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