第13話 探偵 事件の謎を思う

「万華ちゃん、酷いな」

と猿ぐつわをとった、牛男が呟いた。


「織り姫姉ちゃんの手作りの帽子を貫ける人間の武器は、あらへんがな。なっ、彦兄ちゃん」

と牛男の手を取って起こす。


 その牛男、いや彦星だが、藍色の作衣を着て草履を履き、頭には牛のかぶり物をかぶっている妙な格好だ。漫画チックにデフォルメされた牛の下の顔を見ると、見た目は俺より若い。


 俺が彦星に挨拶しようとすると、

「さあ、行くで」

と万華は倉庫の中に駆け込んでいく。


 それを見た彦星が慌てて、

「ああ、待って、万華ちゃ ……」

と声を上げたが、万華はお構いなしだ。


すると、


 ドッカーン

と音がして、万華が外に弾き飛ばされた。


「けっ。大物がいたやんか」


 万華は、少し浮き上がったかと思うと、一瞬にして組紐が長い槍に、学生服が鎧に変わった。


 そして倉庫の中からは、人の二倍の大きさの牛の頭の巨人が三体、木の棒や椅子を持って出てきた。


 万華は槍を扱き、間合いを計る。三頭相手にスペインの闘牛のような様相だ。万華の顔は、楽しんでいるように見える。殺すつもりは無いってことだろう。


 一頭の牛頭巨人が突進。万華はそれを横に躱し、槍の石突きで横っ腹を打ち、


 二頭目が木の棒を振りかざし、打ち下げるが、万華はそれを槍で受けて滑らせながら後ろに回り込み、背中を蹴る。


 三頭目が椅子を横薙ぎに振り回すが、万華は少し下がってそれを躱して空振りさせ、よろめいた所を肩に蹴りを入れる。


「もう終わりか?」

と万華が挑発すると、三頭は起き上がり、雄叫びを上げて、打ち込む姿勢を見せている。


 双方が膠着した。


 そこへ、彦星が、

「あー、待った、待った」

と、万華と牛頭巨人の間に割って入った。


 そして、

「ほら、お前達も気を落ち着けや」

と牛頭巨人の向かって両手をかざした。


 おや、牛頭巨人が彦星に従っている。万華より聞き分けがいい。


 今度は万華に向き直り、

「この子達は、凶暴な牛頭巨人ちゃうやで。そら、他の平行世界には、手に負えへん肉食の牛頭巨人もおるけど、この子達は、この通り大人しいやで。せやから、万華も矛を収めや」

と牛頭の鼻をトントンと触って話した。


 聞き分けの悪い万華は、

「えー、もうちょい、力比べしてもええやんか」

と懇願するが、

「あかん」

とけんもほろろに彦星が一言で退けた。


 それでも、万華は何のかんの言って食い下がっている。


「なら、腕相撲でええ。なっ、ええやろ」


 そんな万華と彦星のやり取りを横目に、俺は倉庫へ向かった。


 倉庫の中には、大きな檻が六つあり、三つの扉が開いている。その近くには頭を潰された組長。

 恐らく、組長は牛頭巨人を檻からだして、俺達にけしかけようとしたのだろう。銃で脅したか、棒で叩いたりしたが、逆に返り討ちにあったってとこだな。


 俺に続いて入ってきた彦星に

「お前は、どこであの牛頭巨人を見つけたんだ?」

と聞いた。


「ワテが、ここに飛ばされ時なくした、『白牛を呼ぶ笛』を探しとった時や。ここからあまり遠くない山の中で、ここの人間に捕らえられるところを見たんや。こう見えても牛追いやさかい、牛の声を聞けば感情が分かるんですわ。これはワテの牛追いのプライドに掛けても、可愛そうな牛頭巨人を助けにゃあかんと思った訳や」


 ここに用意されていた6つの檻、転送先で待ち構えていたような禄念御組、牛頭巨人が送られてくることを知っていたとしか思えない。


「なあ、平行世界間の転移って、誰でも簡単にできるのか?」

と聞くと、万華がクビを振りながら、

「自由に平行世界を移動できるのは、神さんと仙人だけや。転生者やその他は、一灯仙人の導きを受けるか、仙人が転送せんとでけへん」

と答えた。


 そうか。だから、万華は、転生者である妲己にどうやって戻って来たのかをしつこく聞いたのか。仙人の誰かが送ったと疑っているのだろう。


 次に彦星が話に加わった。


「万華ちゃんの言うとおり、あの牛頭巨人は、誰かが転送せな、ここには来れへん。そやけど、牛頭巨人を転送しても仙人にとっては何のメリットもあらへんはずや。牛を追う者としても、ここは調査せにゃあかんと思とる」

と答えた。


 ルート改ざんで不法侵入した転生者、ルート崩壊事故に巻き込まれて、意図しない場所に飛ばされた仙人や転送者、そして、故意に転送された牛頭巨人、どうも何かしっくりこねぇ。


 さらに倉庫内を見て回ると檻の他にも、剣や盾、何に使うのか分からないものが並んでいる。


「他の平行世界の道具やで。魔法具もある。あれ、彦兄さんの笛ちゃうか」

と万華が言った。


 そこには、武器に混じって、白い横笛があった。彦星の言う白牛を呼ぶ笛らしい。


 禄念御組は、これら道具や牛頭巨人を如何するつもりだったのだろうか。金回りの良さを考えると誰かに依頼されて集めていたとも考えられる。


 では、誰が禄念御組に収集させていたのか?


 万華は、牛頭巨人の近くに魔法具を置き、

「これらは、ウチが送ることになっている。おい、牛、じっとせいや。先ずは一灯仙人の所に送るさかい、その後は一灯仙人が元の世界に戻すはずや」

と言うと、胸の前で両手の人差し指と親指を合わせた。


 すると、三頭の牛頭巨人や異世界の道具は、音も無く、一瞬で消えた。呪文を唱えるでも無く、魔法陣が現れるとかも無く、変身へんげ同様、アッサリとしたものだ。


   ◇ ◇ ◇


 銃声や争う声が消えたのが分かったのか、織り姫がやって来た。


「彦さん、彦さん、会いたかったんやで」

と織り姫がふわりと、彦星の胸の中に飛び込んだ。

「ワテも会いたかった」

と二人はひしと抱き合い、口づけを交わした。


 全く、お熱いものだ。


 転送を終えた万華は、そんな2人を見て、

「そうや彦兄ちゃん、織り姫姉ちゃん、この地球にはええとこ、あるんやで。熱ーいカップルの為にある場所。その名もラブ・ホテルや。後は権さんに聞いてな。ほなウチは宿題があるけん、お先に 〜 」

と言って、学生服から羽衣に、組紐を領巾に変えて、フワッと飛び、ドンと急加速して飛んで行ってしまった。


「万華、お前!」

と言ったときには、二人に両腕を捕まれていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る