絶滅危惧文化「アイドル」活動中(by100歳)。

高橋てるひと

プロローグ

 一人の美少女が衣装を纏って歌い踊る。

 きらきら、と。

 ライトの光が照らし出す仮説ステージ。

 ひらひら、と。

 衣装は鮮烈な赤色。踊る髪の色は純白。

 たんたん、と。

 赤い靴のヒールがステップを鳴らして。

 わあわあ、と。

 叫ぶ観客に、その瞳がウィンクを一つ。

 じぃぃぃ、と。

 私の瞳はそんな美少女を記録している。

 ぱたぱた、と。

 私の内部で0と1が入れ替わり続けて。

 かちかち、と。

 記憶領域へその情報を書き込んでいく。


 アイドル。


 つい最近までレッドデータ・カルチャー・ノートに〈絶滅文化〉として記載されていたこの島国の固有文化――今ではこうして〈絶滅危惧文化〉として蘇っている。

 そして。

 このままでは消えていく文化を記録し保全すること。

 それが文化保存用のAIとしての、私の役割である。

 あるいは、半世紀以上の時を軽々と飛び超えて突如復活した謎のアイドル「夕焼アカリ」――それと同じ事務所「夕暮プロダクション」に所属する後輩アイドル「暮空アオイ」としての。

 イメージカラーは青。スレンダーでぺったんこなアカリとは対照的に長身で凹凸の激しい体型。髪の色は夜空をあるいは深海を思わせる美しい黒。いかにもアイドルらしくテンションが高く可愛らしいアカリとはこれまた対照的におとなしめで落ち着いた性格。

 そういう風に設定された。

 外ならぬこの色々とぶっ飛んだ計画の発案者にして、今、ステージで歌って踊っている色々とぶっ飛んでいる美少女の手によって。

 いや、正確に言えば――


 大歓声で、ステージが終わった。


 ステージの上の彼女は観客に一礼して。

 最高の笑顔で、思いっきり手を振って、

 衣装を翻して、靴を鳴らして退場して、

 そのまま仮設ステージ脇の私の所へと、

 勢いを、一切殺すことなくやってきて、

 そのまま、ぴょん、と舞台から跳んだ。


 ……跳んだ?


 ――跳んだ!?


「馬っ鹿じゃないですか!?」


 と、私の反射反応(基本的にONになっている)はとっさに私の中の言語ライブラリの中から最適と考えれる言葉で彼女のことを罵倒しつつ、三原則第一(AIは人間に危害が及ばないようにすべし)のための緊急措置という体裁を取ることでセキュリティホールを突破、本来なら機体に厳重に掛けられているリミッターを外した。


 人間の時間感覚を一瞬で置き去りにし、

 真っ赤な衣装を翻し浮かぶ彼女を捉え、

 その顔に浮かんでいる悪戯っぽい笑顔。


 無駄に高い解像度の映像を。

 無駄に高い処理能力で分析。

 無駄に高い反応速度を発揮。

 無駄に高い運動性能で動作。


 降ってきた相手の、その身体へと負担を与えないような形でキャッチする――代わりに、みしぃっ、と私の関節部ががっつり悲鳴を上げ、それを「痛み」として感知した私の反射反応(OFFにしている暇はなかった)が私自身にも悲鳴を上げさせた。


「うぎゃあっ!?」


 それを聞いている癖にその元凶は、


「ナイスキャッチっ!」


 と、私の腕の中で笑みを浮かべる。


「やるじゃんっ! アオっ!」

「……いえ、この機体が元軍用機じゃなかったら、貴方、今ので死んでましたよ」


 無理やり外したリミッターが、三原則第一の達成と共に、がちんがちん、と掛け直されていく中、私は腕の中の彼女をそっと地面に下ろしながら私は言う。

 この「暮空アオイ」という名前を与えられた私が搭載されている機体は、以前の戦争においてこの島国が「汎用人型歩兵」というお題目で(何故か)作った軍用機を元に作られている。人型の機体を一から作るのは手間もお金も手続きも掛かるからだ。

 ちなみにこの機体、有名な失敗作だ。

 ほとんどありとあらゆる面で、当時から主流だった汎用箱型歩兵(銃火器を乗っけた動く箱みたいな代物)に劣る(装甲車両並の高コスト。嵩張る。装甲薄い。故障しやすい。整備性最悪。高ランクな汎用AIが必要。装甲車両どころか、武装した軽トラックにもまあ勝てない。というか、相手が汎用箱型歩兵だったとしてもだいたい数の暴力で負ける。作る前に気づけ、と言いたい)この機体は、生産されたはいいもののAIの供給が追いつかず(というか、途中から正気に戻った軍が完全に供給をストップさせた)、倉庫の片隅で埃を被り、かと言って製造費を考えるとそう簡単に廃棄することもできないし、と放置され続けた結果、現在ではガラクタとして各地の倉庫に眠っており、軍事企業にちょっとコネがあればタダ同然の値段で譲ってもらえる。

 そんな不穏なコネでそのガラクタを引き取ったのも、失敗作とはいえ一応は軍事用の兵器だったそれを審査に通るレベルの代物にまでデチューンしたのも、ついでにそれに搭載されるAIとして、前の職場で「AI鬱」になって廃棄処分されそうになっていた私を拾ったのも――全てが。


 ふんすっ、と。


 今、目の前でぺったんこな胸を張って小柄な身体でふんぞり返る、彼女の仕業だ。


「お身体は……ご無事ですか?」


 私は、一応、彼女の身体をぺたぺたと触って調べながら、尋ねる。



「よゆーよゆー」

「あのですね、」


 と、私はアイドルである彼女を記録する文化保存用AIとして、あるいは彼女の後輩アイドルとして、そして彼女によって作り出されたこの計画のための道具として、一応言っておく。


「年齢を考えて下さい。BBA」

「おいこらBBAって言うな!」


 BBA。

 現在ではとっくに死語となっているネットスラングであり、主に高齢の女性(特にアニメや漫画のキャラクターなどに多用された。ただし、この場合の「高齢」を何歳の女性とするかは文脈によって大きく異なっていたようだ。場合によっては年齢は関係なしに、外見や性格を差して使われることもあったらしい。ややこしい)を指す言葉である。オブラートに包んでいるようで、まったくオブラートに包んでいないという謎の言葉である。

 なんか気に入ってしまった。

 とはいえ確かに、今、目の前でふんぞり返っている美少女に対して使う言葉として適切とは言えない――ように思える。


「ですが、」


 と、私は一応、彼女に対して告げる。


「100歳の女性はさすがにBBAでは」

「黙れ」


 と、彼女はそれを堂々と跳ね除けた。


 アイドル。

 絶滅危惧文化。

 でも、かつては絶滅文化だった。


 絶滅したにも関わらず、アイドルという文化が100年近い時を経て、突如復活したその理由――それは元アイドルだった彼女が、再びアイドル活動を始めたからだ。


 長い長い活動休止を経たものの、

 最新医療技術によって若返って、

 アイドルとしてもう一度蘇った。


 夕焼アカリ。


 御年100歳のアイドルである。

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