八月番外編:海に遊びに行こう


 今、私は天国にいる。

 照りつける太陽、香る潮風、繰り返す波の音。

 そしてそれらをかき消すような喧騒と、一流の絵画のような光景。

 海を背に笑い、はしゃぎ、遊ぶ英雄たち。

 もちろんみんな、水着姿だ。

 上から薄い服を纏っている人もいれば、堂々と肌を晒している人もいて。

 恥じらう姿もあれば、己の身体を誇示している姿もある。

 

 いやぁ、夏って最高だなー。良き良き。

 しばらくこの天国を眺めている事にしよう。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 事はいつものように、レンジュさんの一言から始まった。


「オウカちゃんっ‼ 海に行こうっ‼」

「海? いや、昨日アスーラ行ってきましたけど」


 ちょうど魚介類のストックが切れたので補充してきたばかりだ。

 レンジュさん、魚食べたいのかな。

 言ってくれたら作るんだけどなー。


「そうじゃなくてっ‼ 泳ぎに行くんだよっ‼」

「……は? 海を泳ぐんですか?」

「そうそうっ‼ みんなで遊ぼっ‼」


 この人、また意味の分からない事を言い出したな。

 なんだよ海で遊ぶって。

 水棲の魔物がうようよいる場所で泳いだりしたら危ないでしょうが。


「ふむ。それも良いかもしれませんね」

「え。カノンさんは賛成なんですか?」

「夏の風物詩ですし、確かアスーラには海水浴に適した浜辺があったと思いますから」

「カイスイヨク?」


 えっと、また異世界のイベントかな?

 てか、魔法で夜空に花火を打ち上げた時も夏の風物詩って言ってた気がするんだけど。

 んー。カノンさんの反応的に良いものではあるっぽいな。


「私たちのいた世界では海に遊びに行くことは比較的メジャーでしたからね」

「えっと、川とか湖で遊ぶようなもんですかね?」

「はい。近いものがありますね」


 あー。昔は教会のチビたちを連れて近所の川で遊んでたなー。

 なるほど、そのノリで海に行くのか。

 でもそれってめっちゃ危なくない?


「大丈夫っ‼ 魔物が近付けないようにすれば良いだけだしっ‼」

「え、魔物避けの灰でも撒くんですか?」


 あれって魔石と同じくらい高かったと思うんだけど、わざわざ遊びのためにそれを使うのか?

 さすがにそれは気が引けるんだけども。


「いんやっ‼ 物理的に壁を作って切り離せば問題なしっ‼」


 レンジュさんがビシリと指さした先には、普段通り半目で眠そうなツカサさんと、小首を傾げているカエデさん。

 なるほど、それなら危険はなさそうだ。


「帰る時に戻しておけば大丈夫だしっ‼ 何も問題は無いよっ‼」


 ふむ。それならちょっと興味はある、けど。

 なんだろ。レンジュさんがいつもより計画的に話を進めてる気がするんだよな。

 まるでこちらの答えを予想して対策を立てていたみたいだ。

 

「レンジュさん、何か企んでます?」

「オウカちゃんと一緒に遊びたいだけだよっ‼」

「……ほんとかなー」


 うーん。まぁ、別にいいけどさ。

 みんなで遊びに行くって楽しそうだし。

 せっかくだから外で料理出来るように簡易組立型キッチンを持って行くとして、食材は何にしようかな。


 そんな事をほんわかと考えていた時、ふと気がついた。


「あれ。泳ぐって言ってましたけど……服着たまま海に入るんですか?」


 さすがに人がいる所で真っ裸になれる歳でもないし、かと言って服を着てると水を吸っちゃうと思うんだけど。


「あぁなるほど。レンジュさん、それが今回の狙いでしたか」

「つまりはそういう事だねっ‼」


 何かを納得した様子のカノンさんと、胸を張ってドヤ顔のレンジュさん。

 何だ? つまり、どういう事?


「てな訳でっ‼ みんなの水着は既に用意してあるんだよっ‼」


 ……えぇと。ミズギって、何だ?


〇〇〇〇〇〇〇〇


 いや、うん。最初に話を聞いた時はついに一線を超えたか、とか思って身構えたけどね。

 ほとんど下着と同じ格好で人前に出るとか正気じゃないし。

 でも英雄がみんな揃って肯定してるのを見たら、そんなもんなのかなーとか思っちゃった訳で。


 その結果がこの天国だ。

 今回は所在不明のマコトさん以外の英雄全員が参加している。

 そこに私とネーヴェとセッカを加えた十二人だ。

 それもみんな、半裸で。

 合法的に、見放題状態で。


 さてさて。まず一番最初に目を引くのは、やはりあの人だろう。


「ふはははは! いでよ冥府の門! 我が名においてその姿を示せ! ヘルズゲートォォォ!」


 海の上に浮かんでいつもの調子で光の壁を次々と振らせているカエデさん。

 上はフリルが沢山着いたノースリーブで、下は短めのショートパンツ姿。

 普段は隠されている可愛らしいおへそと華奢なおみ足が晒されてるのがポイントだ。

 大きめな麦わら帽子を被っているのが清楚さを強調してて更に良き。

 てかカエデさんって案外胸もあるんだよなー。

 大きくは無いけど小さくも無い、ちょうど良いサイズだし。

 今度触らせてもらおう。

 さっきまでめっちゃ恥ずかしそうにモジモジしてたのも良かったけど、はっちゃけてる姿もカエデさんらしくて良き。


 光の壁が降り注ぐ先にはツカサさんの姿。

 膝上丈のブカブカなズボンタイプの水着を着ていて、引き締まった肉体美を余すこと無く晒している。

 まるで美術品のように均整の取れた体を躍動的に動かして、光の壁を並べて堤防を作っている様は実に素晴らしい光景だ。


 そして砂浜からツカサさんを見守ってるエイカさん。

 目がキラキラしてて、とても良い笑顔をしている。

 自身はフレアたっぷりの白いビキニ姿で攻撃力の低めな胸元をしっかりカバーしていて、少しでもツカサさんに可愛く見て欲しいのであろう事が伝わってくる。

 サラリと流した黒髪が対照的でとても綺麗だ。

 全体的なシルエットは華奢で儚げなのに芯のある立ち姿で、つい見蕩れてしまいそうだ。


 その隣で苦笑いをしているのがハヤトさん。

 こちらは薄いパーカーを羽織っているけど、細身ながらも筋肉質な長身はそれだけでも目を引く。

 不測の事態に備えて担いだままの長剣が太陽の光を反射していて、何処と無く普段より野性味を増しているように見える。

 ワイルドなイケメンもまた良いものだ。


 浜辺の方には成人組の姿。

 並んで大きめなパンツタイプの水着を着たアレイさんとキョウスケさんは、二人でジャンケンをしてどちらが砂浜に埋まるか決めようとしている。

 この場の誰よりも筋肉質で傷だらけな身体のアレイさんと、すらりとして色白なキョウスケさんは対照的なのに、何故か二人でやり合っているのはとても自然に見えた。


 その様を柔らかな微笑みで見詰めているのはハルカさんだ。

 いやもう、デカい。オレンジ色のビキニ姿のハルカさんはもはや兵器だ。

 身体の前を通して右手で左腕を持っているせいでお胸の破壊力が更に増している。

 なんだあれ、すげぇ。

 是非とも触り心地を確認したい。

 もうね、母性に溢れすぎてるんだよ。

 ちょっと分けてくんないかな、あれ。


 その隣には夜の女神のようなカノンさんが呆れ顔で立っている。

 真っ黒なオフショルダーとビキニタイプのボトムを着ているおかげで、真っ白で大きな谷間がより際立っていてとても良き。

 手を当てている腰は細くて、ボトムから伸びた白い美脚も目に眩しい。

 言ってしまっては何だが、本物よりも女神っぽいかもしれない。

 普段より肩の力が抜けていて親しみやすい様子なので、今日はさらに距離を縮めていこうかと思う。


「お姉様。こちらはどうしたら良いですか?」

「お、ありがと。焼いちゃうから鉄串も頼める?」

「分かりました」


 どこか嬉しそうに私の手伝いをしているセッカ。

 白いワンピースタイプの水着にエプロンを着けていて、小柄な事もあって非常に可愛らしい。

 ちなみにセッカは水着姿になる事を最後まで拒否してたけど、私が無理やり押し通した形だ。

 結果的にめちゃくちゃ可憐な妹の姿を見ることが出来たので後悔も反省もしていない。

 まるで雪の結晶のようなセッカが夏の日差しの下で楽しそうにしているのは、見ていてつい笑みが溢れる。


「……おいマスター。いい加減、現実を見ないか?」


 ネーヴェの冷たい言葉に、ついっと顔を背ける。

 あまりそちらの方は見たくないと言うか。

 うーん。オーラが凄いんだよなー。


「オウカちゃんのっ‼ 水着をっ‼ はやくっ‼見たいなっ‼」


 ちらりとネーヴェの方を見ると、そこでは最速の英雄がキラッキラした笑顔で私を凝視していた。

 レモンのような黄色いセパレートタイプの水着姿で、活発なレンジュさんのイメージにピッタリだ。

 白いお腹が見えてるのも可愛いし、ぴょんぴょん飛び跳ねてる姿も可愛いし、満面の笑みを浮かべてこちらを見てるのも可愛い。

 どこをどう見ても可愛くて、気をつけないと目が離せなくなりそうだ。

 だけども。


「はっやっくっ‼ はっやっくっ‼」

「レンジュさんうっさいです。邪魔なんであっち行っててください」


 そんな事を言う私は、実は水着姿ですらない。

 いや、着てはいるんだよ。

 その上から真っ黒の大きなシャツを着て、さらにエプロンを装備してるだけで。

 だってさ、ほら。水着ってほとんど下着と変わらない訳で。

 さすがにそれは抵抗があるって言うか、これだけ期待されてると余計に恥ずかしい。

 なので料理をするって言い訳をしてシャツを脱いでいないのだ。


 時間稼ぎでしかないのは分かってるんだけど、それでもね。


「この為に海に誘った訳だからねっ‼ はーやーくっ‼ みーずーぎっ‼」


 あーもー……どうしたもんかな。

 海に着いてからずっとこの調子なんだよね。

 てかぶっちゃけ、まだ覚悟が決まってないんだよなー。


「……あとでこれ脱ぎますから。大人しくしててください」

「にゃははっ‼ 超楽しみだねっ‼」

「そこまでして見たいもんですかね」


 はっきり言うが、私はお子様体型だ。

 胸もないし背も低い。細身で肉付きも良くないし、見所なんて無いと思うんだけどな。


「今日はセクハラ禁止令が出てるからねっ‼ せめてこの目に焼き付けたいっ‼」

「……そうですかー」


 うぅ。やだなー、脱ぎたくないなー。

 美形揃いの英雄達の中で水着姿になるのはかなり勇気がいるんだよな。


 そんな乙女的な大問題中を抱えている最中で、リングの冷静な声が聞こえてきた。


「――オウカ:敵性個体の群れです。海龍及び飛龍の群れ、五百三十匹。上位個体の姿もあります」


 あれま、英雄が勢揃いしてる時に来るとは。

 運がない奴らだなー。

 あ、でも対空の最強戦力が手が空いてないのか。

 ならちょっと行ってきますかね。


「リング。やっちおうか」

「――Yes,MyMaster.Sakura-Drive. Ready.」


 いつもの冷静な声。

 相棒の問いかけに、静かに答える。


ignitionイグニション


 途端に立ち上る桜色。いつも勇気をくれる、私の戦うための力。

 さぁ行こうか。私の出番があるかは分からないけど、それでも。

 この穏やかなひと時を邪魔なんてされたくない。

 ここは迅速に退場してもらうとしよう。


「さあ踊ろうか。加減は抜きだ」


 邪魔な衣服を脱ぎ捨て、身軽になる。

 両手には拳銃。即座にブースターを起動、低空に躍り出た。

 素肌が風に晒され、陽光がこの身を焦がすかのようだ。

 腰に巻いたパレオが風にたなびき、ぱたぱたと小気味よい音を奏でる中。

 火照った体を冷ますように、風を裂いて飛ぶ。


 狙うは空の飛龍。カエデさんは忙しそうだし、エイカさんは武器をもってきていない。

 ならば空は私の役割だろう。


 加速。凄まじい勢いで流れていく風景を尻目に、弾丸のような速さで飛龍の群れに突撃する。

 射程範囲内の敵を撃ち抜き、倒した飛龍を足場にして再跳躍。

 放たれる火球。しかしその軌道は全て読めている。

 加減速を繰り返してその全てをやり過ごしながらも、射撃を繰り返して撃破して行く。

 この程度で私は止まらない。

 避け、躱し、打ち込み、撃ち抜く。

 危うげも無く踊り、飛龍の群れを撃破して行く。


 くるりと。ふわりと。

 桜色を巻き散らしながら闇色の髪を靡かせる。

 世界は今、私のステージだ。

 放たれた桜の弾丸サクラブレットは、止まらない。


 常に移動し、飛龍の突撃も吐き出された火球も間一髪で避け続ける。

 チリと髪の焼ける音。知ったことではない。

 突き進め。この平穏を守るために。


 ぐらりと落下。重力に身を任せながらも、狙いは外さない。

 ゆらりと身を躱す。空中で重心を移動し、落下方向を変えながら回避する。

 数多の敵を撃墜しながらも、頭はクールに。

 心が熱を帯びていても、私は揺るがない。

 

 カノンさんが展開してくれた障壁を蹴り、更に前進。

 ありとあらゆる動きを駆使し、次々と敵機を撃破していく。

 その様に、躊躇いはない。

 私の邪魔をするのであれば、全てを撃ち抜くのみだ。


 敵の突進を回避しながら、確実に敵の数を減らしていく。

 最前の敵を撃ち抜き、加速しながら次へ。

 ただひたすらに弾丸を撒き散らし、笑う。

夜桜幻想トリガーハッピー』の名の通りに、この場を楽しみながら。 

 雑念を捨て去り、ただ全てを撃ち抜いていった。

 

 やがて、空の敵は殲滅を完了。

 海にはたくさんの飛龍の亡骸が浮かび、ぷかりと漂っている。

 さて、と地上を見るも、こちらは問題なく事が済んでいた。

 さすがは英雄。正に名の通りの活躍だ。


「リング」

「――敵性反応消失」

「了解。状況終了」


 着地し、拳銃を腰のホルダーに戻す。

 桜色が散り行き、私の舞台は幕を下ろした。



「皆さんお疲れ様でした。解体はハルカさんにお任せしても良いですか?」


 英雄たちが談笑している所に駆け寄って声をかける。


「えぇ、任せて。すぐにバラしちゃうから」


 にっこりと穏やかに微笑むハルカさんに癒されながら、その大きなお胸をガン見したところで。


 現在の自分の格好を思い出した。


 桜色のビキニ。上下共にフリルやリボンのあしらわれた水着はほとんど下着と変わらず、全く肌を隠せていない。

 腰元にふんわりしたパレオを巻いてはいるものの、恥ずかしさは何も変わらなかった。


「んにゃあぁぁっ⁉」


 思わず身体を抱きしめてかがみ込む。

 見られた。見られた!

 下着同然の姿を、みんなに!

 うわ、恥っず。頭に血が上って行くのが分かる。

 これヤバイって! なんで皆平気な顔してんの⁉


「オウカさん、ここには他に人もいませんから。諦めて楽しんだ方が良いですよ?」

「ちょっと、恥ずかしいけ、ど。楽しい、よ?」

「大丈夫ですよお姉様。とても可愛らしいです」

「うぅ……恥ずい……」


 周りに説得される中、それでも手で体を隠しながら立ち上がる。

 みんなが穏やかに笑っている中、素手で海龍を斬り裂いていた最速の英雄にちらりと目を向けると。

 なんと、こちらを見もせずに背中を向けていた。

 なんか首筋をとんとん叩きながら。


「……レンジュさん?」

「な、何かなっ⁉」

「えぇと、そのですね」


 あぁもう、サクラドライブを解除しなきゃよかった。

 言葉に詰まる。どう言えば良いか分からない。

 それでも、がそっぼまた向いているのは、なんか嫌だ。


「その、頑張って着てみたんですけど……どうですか?」

「どうって何がかなっ‼」

「えぇと、ですね」


 恥ずかしい。かなり照れる。今すぐにでもシャツを着込みたい。

 それでもやっぱり。


「レンジュさんには、その……ちゃんと、見て欲しいです」


 もじもじしながらも本心を伝えた。

 私の小さな声に、レンジュさんが意を決したようにゆっくりと振り向く。

 そしてそのまま。


「かはぁっ⁉」


 奇声を上げながらぶっ倒れた。


「レンジュさんっ⁉ 大丈夫ですか⁉」


 思わぬ事態に駆け寄り、後頭部に手を差し込む。

 胸元がレンジュさんの目の前にある状態だけど、そんな事を気にしていられない。


「キョウスケさん! レンジュさんが!」

「あー……とりあえず、追い打ちはやめた方が良いかと」

「は?」


 呆れた様子のキョウスケさんに言われ。


「マスター。それ以上触れるとその方が死ぬぞ」

「え?」


 困ったようにネーヴェに言われ。


「オウカさん。そのままだとレンジュさんが尊死します」

「尊死?」


 苦笑いしているエイカさんに言われ。


 自分が半裸の状態でレンジュさんに抱き着いている事実に気が付いた。

 レンジュさんに、半裸の水着姿で、真正面から。

 それも自分から、思いっきり。


「……うにゃああぁぁっ⁉」


 ごとりとレンジュさんの頭を落としながら、我ながら間抜けな悲鳴を上げた。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 太陽の光がさんさんと降り注ぐ中。

 ようやく現状に慣れてきた私は、焼いておいたミノタウロスの串焼きと冷やしたジュースをみんなに配り、木陰で一休みしていた。

 なんだか心がもやもやする。

 みんな可愛いって言ってくれたらけど、何て言うか。


 ……レンジュさんは、何も言ってくれなかったんだよなー。


 結構頑張ったのに、とか。

 見たいって言うから恥ずかしそうの我慢したのに、とか。

 どう思ったのか感想を聞きたかったのに、とか。


 そんな事を思いながら飲み物をテーブルに置いた時。


「オウカちゃん。そのまま聞いて欲しいんだけど」


 真後ろからシリアスモードのレンジュさんに声をかけられた。


「……なんですか?」


 自分でも不機嫌な声になっているのが分かる。

 でもそんなことはお構い無しに、そっと優しく。


「その、ごめんね。ちゃんと言えてなかったからさ」


 私を抱き締めて来た。


「凄く似合ってる。とても可愛いよ」


 耳元で囁かれた言葉に、遅れて言葉に顔が熱くなるのが分かる。

 密着した状態で放たれた言葉は、私が一番聞きたい言葉だった。


「……変じゃないですか?」

「変じゃないよ」

「うぅ……これ、かなり恥ずかしいんですからね?」

「うん。オウカちゃんのおかげで、今日は最高の一日だよ」


 甘い、心が安らぐ声。

 このまま身を任せてしまいたくなるような、熱のこもったその声に。

 私を抱き締めている手を、上からそっと握った。


「……どうしてもって言うなら、また着てあげます」

「えへへ、そっか。じゃあもっとワガママ言っても良いかな?」

「……何ですか?」


 答える私の耳にそっと口を寄せて、レンジュさんは誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「えっとね……今度は二人きりの時に、見たいな」


 とくんとくんと早鐘を打つ心音は、どちらのものだろうか。

 周りの音が消える。感じるのは、私を包み込む柔らかな感触と、彼女の体温。

 それに、言葉に乗せられた特別な感情。


「えーと、ですね。その……」


 レンジュさんの言葉に。

 私も声をひそめて、レンジュさん以外の誰にも聞こえないくらい小さく答えを返した。


 なんて言ったかは、ナイショだ。

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