7/7特別番外編「七夕の夜」
いつものように王城に遊びに行くと、訓練場に何かでっかい竹が刺さっていた。
……なんだこれ。竹、だよね?
まるっと一本、ぶっ刺さってんだけど。
この雑さはツカサさんかな。
でも、何で竹……?
謎物体の前で首をひねっていると、奥の方から黒髪長髪の美少女の姿が現れた。
おっと。エイカさんが一人で居るの珍しいな。
キモノみたいな服着て、両手いっぱいに紙っぽい物をたくさん持ってるけど……魔導具かなアレ。
「こにちはー。また何かのイベントですか?」
「こんにちは。これは七夕の準備です」
「タナバタ? 何をする祭です?」
「うーん。お祭りではないんですけど、笹に願い事を書いた短冊を吊るすイベントですね」
「……なるほど?」
願い事を吊るすのか。よく分かんない行事だな。
ていうか、これ笹じゃ無いと思うんだけど、そこは良いんだろうか。
「元々は織姫と彦星が年に一度だけ会える日なんですけどね」
「オリヒメとヒコボシ? 誰ですかそれ?」
「ええと……説明が難しいんですけど」
話をまとめると。
オリヒメっていう女の人とヒコボシっていう男の人がイチャイチャして仕事しないから、神様が二人を会えないようにしたらしい。
んで、タナバタの日だけは会うことを許されたんだとか。
なんで短冊を吊るすのかはエイカさんにも分からないらしい。
ふむ。何か聞き覚えがあるな、これ。
具体的にはどっかの騎士団長とか。いや、意外と仕事してるの知ってるけど、イメージ的に。
「んー。よく分かんないですねー」
「私も言ってて分からなくなりましたけど……私たちの国にはそういう風習があったんですよ」
「なるほど。そのキモノも風習なんですか?」
「ああ、これは浴衣といいます。着物よりラフな和服で、夏場のイベントでよく着ていました」
ふむふむ。たしかにキモノよりは楽そうだなー。
てか、前から疑問だったんだけどさ。
「これって誰が作ってんですか?」
「カエデさんです。オウカさんの分もあるって言ってましたよ」
「……えーと。着ろと?」
「着て欲しいんだと思いますよ。カエデさん、着せ替えが趣味みたいな所がありますし」
んーにゅ。これを着るのかー。
別に嫌な訳じゃないんだけど、何て言うか。
服って普通、そんな簡単に新品を揃えられる物じゃないんだけどなー。
町娘的には新品の服は高価な品物で、基本的には古着を買うのが当たり前だし。
それを趣味で着ちゃうのは何だか抵抗があるんだよなー。
「ちなみに、レンジュさんも着てますよ?」
「ふぇっ!? ちょ、なんで今レンジュさんの話が!?」
「何となくだったんですけど……最近何かありました?」
「…………えと、まあ、はい」
ぐぬ。そこはあまり触れないで欲しいと言うか。
何となくいつも通りに戻ってはいるんだけど、二人きりになるとちょっとね。
今は距離が分からないって言うか、うーん。
何かこう、難しいんだよなー。
「さっさと結婚しちゃえばいいのに」
「……エイカさんだけには言われたくないです。ツカサさんといつ結婚するんですか?」
「………………うふふ。いつだろう」
「あ、なんかごめんなさい」
ヤバい、この話は地雷だったわ。
ツカサさん、下手したらエイカさんの気持ちに気付いて無いもんなー。
他の人から見たらすぐに分かるレベルなのに。
「えーと。その、頑張ってください」
「私は絶対に諦めません。それより、今晩は浴衣を着て参加してくださいね」
「ブレませんね。てか参加って、何にです?」
「今夜は花火大会をやります」
ほほう。花火って見たことは無いけど、話に聞いたことはある。
何でも夜空にドカーンと花が咲くんだとか。
魔法でも打ち上げるのかと思ったけど、花火には火薬を使うらしい。
前にカエデさんが嬉しそうに語ってたけど、炎色反応がどうのこうの言われて全く意味が分からなかった。
とりあえず、火薬に何か混ぜると色が着くっぽい。
それを使って夜空に花を咲かせる、らしい。
「んー。とりあえずイベントなら参加しますよー」
「では浴衣を着てくださいね。みんな着てくるので」
「りょーかいでっす」
んじゃさっそく、カエデさんの所に行ってみますかねー。
∞∞∞∞
私用に作られたユカタは、白地に桜模様の入ったものだった。
キモノに似てるけどアレよりは着心地が良い。
このまま戦っても問題ないくらい動きやすいな。
絶対パンツ見えるけど。
んで、カエデさんと適当にお喋りしてたら開催時間になったので、会場になっている訓練場へと足を運んだ。
そしてそこで、騙されていたことに気が付いた。
私以外誰もがユカタ着てないじゃん。
「……エイカさん?」
「偶然他の人の浴衣が着れない状態になってしまったので」
「嘘ですよね?」
「嘘ですよ。ほら、あっちで待ってるから行ってあげてください」
しれっと涼しい顔で言うエイカさん。
彼女が指差す方向には、私以外で唯一ユカタを着ている人物が居た。
見間違いようが無い。私があの人を見間違うなんて有り得ない。
後ろで括ったフワフワの黒髪。小さな体。いつもよりテンション低めでお酒を飲んでいる。
レンジュさんのユカタ姿は、とても綺麗だった。
とくり、と胸が鳴り。
その瞬間、私は自分の気持ちを理解した。
「あ、オウカちゃんっ!! 浴衣似合ってるねっ!!」
「どうもです。レンジュさんも可愛いですね」
「そりゃアタシだからねっ!!」
腰に手を当てて大威張りするレンジュさんは、たしかにユカタが似合っていた。
愛らしさを全面に押し出したオレンジ色のユカタがとても可愛い。
けど、今それを言ったらまた微妙な空気になりそうなので、敢えて言わない方向で。
「それにしてもアレだねっ!! お揃いで嬉しいなっ!!」
「私は騙されたんですけどねー」
「アタシ的にはグッジョブっ!! 可愛いオウカちゃん見れたしっ!!」
う。直球はやめて欲しい。
なんか、こう。照れる。
「んでさっ!! 場所取りしてるからそっち行こっかっ!!」
「お。あざますー」
言われるがまま、訓練場の隅へと移動する。
そこには簡易的なベンチが置かれていて、ゆっくりするには最適な場所だ。
とりあえず腰を下ろすと、レンジュさんがじっとこちらを見詰めていた。
「ん? なんです?」
「ふぁっ!? いや何でもないって言うかそのっ!!」
わたわたと意味もなく両手を振って、その後少し俯いて。
「えーと……見とれてた、んだけど」
耳まで赤くなりながらレンジュさんが呟く。
やべぇ。聞かなきゃ良かった。
何か私まで恥ずかしくなってくる。
「……花火、楽しみですねー」
「そ、そだねっ!! 楽しみだねっ!!」
足をぷらぷらさせながら、改めてレンジュさんを見る。
普段のキッチリした騎士団服とは違って、緩やかなユカタはやっぱり新鮮だ。
いつもとは立ち振る舞いも違っていて、つい目が離せなくなる。
本当に綺麗で可愛いな、この人。
そして衝動的に、そっと。
隣に置かれたレンジュさんの手に、私の手を重ねた。
すべすべした手触りが心地よくて、温かくて、何だか幸せな気分になってくる。
びくりと反応を返してくれるのが、何だか少し面白い。
ああ、やっぱりそうだ。
私の気持ちは、もう決まってしまっているんだな。
「ねーレンジュさん」
「ななな何かなっ!?」
「速くしてくれないと、私の方から行きますからね?」
「ふぐぅっ!? が、頑張るっ!!」
「にひ。お願いします」
きゅっと。指を絡める。
少しだけ恥ずかしいけど、でも。
夜の暗がりの中では誰にも見えないだろうし。
待つだけなんて私には合わない。
こっちの覚悟は既に決まってるんだし、後はこの人次第なんだけどな。
強くて、頼りになって、綺麗で、可愛くて。
ダメな所もあるけど、それでも、私にとっては。
誰よりも好きだと言える、私の英雄。
だから速く、迎えに来てほしい。
オリヒメとヒコボシのように、たまにしか会えない訳じゃ無いんだしさ。
何か固まってるレンジュさんを苦笑いしながら見ていると、どん! と大きな音が鳴り響いた。
続けて夜空に、大輪の花が咲く。
ぱちぱち鳴って散りばめられた光はオレンジ色。
まるで、隣の英雄のように、美しかった。
「おお……花火、すげぇ」
重くて低い音をたてながら、次々と花火が上がっていく。
赤、黄色、白、青。様々な色が幻想的に咲いては散って行く。
皆が夜空を見上げる、そんな中で。
絡めた指が強く握られて、何かと思い隣を見る。
そこには、レンジュさんの顔が間近に迫っていて。
潤んだ瞳。夜の闇の中でも分かる程に赤く染った頬。
普段の活発な表情とは裏腹に、緊張を隠せない表情で、戸惑いがちにゆっくりと、迫ってくる。
私は、彼女を受け入れようと眼をつぶった。
優しくそっと、唇が重なる。
その寸前で、後ろからパキリと枝を踏み折る音がした。
二人揃って慌ててそちらを見ると、何か見慣れた黒髪の群れ。
「……てめぇら、いつから見てた?」
腰の後ろに手を回し、拳銃を引き抜く。
今の私は多分、グラッドさんより怖い顔をしてるんじゃないだろうか。
後ずさりする英雄達に向け、告げる。
「限定術式、壱番、弐番、参番解放。魔王システム起動」
「え、ちょ、オウカちゃん落ち着いてっ!!」
「Yo
紅と漆黒の魔力光を解き放ち。
その夜。私は修羅と化した。
あーあ。もう少しだったのになー。
最強の英雄様が迎えに来るのは、もう少し先になりそうだ。
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