第193話


 港町アスーラ。

 今日も今日とて、賑やかな活気に満ち溢れている。


 朝早いのに様々な物が並ぶ屋台、港に浮かぶ沢山の船。

 荷物が忙しなく行き来していて、なんか大声でさけびあっている。

 珍しい衣装の人は他の街から来たんだろうか。

 見てるだけでワクワクするような、そんな光景だ。


 そしてそんなアスーラのオウカ食堂に遊びに来てみたところ。


 ハルカさんやサフィーネちゃんを初めとした従業員一同が、かつてない程真剣な顔で悩んでいた。


「こんちゃーす。これ、何事ですか?」

「オウカさん! お久しぶりです!」

「サフィーネちゃん、久しぶりー」

「はい! それで、これはですね……ちょっとピンチというか……」

「ピンチ?」


 詳しい事情を聞いてみると、確かにピンチだった。

 つい先程、大規模な商隊からお弁当の注文が入ったらしい。

 はるか遠くにある砂の都エッセルから来た彼らは、あちらで噂になっているオウカ食堂の料理をぜひ食べたいと言ってくれたそうだ。


 ただし。量がヤバい。

 唐揚げ弁当、焼肉弁当の二種類だけなんだけど、合計三百人前を昼までに、だそうだ。

 そりゃ頭抱えるわ。


「……んーと。ちょい待っててくれる?」

「あ、はい、どうぞ!」


 店の隅っこに行き、胸元に下がった相棒に声をかける。


「ねーリング。服のモデリング、できた?」

「――作成済です」

「んじゃもういっこ。あんたさ、私と同じこと、出来たりする?」


 なにせ見た目が私を元にしてるくらいだし、リングは私の事をよくわかってるし。

 もしかしたら、ワンチャンあるかもしれない。


「――戦闘行動以外は可能です」

「よっしゃ。んじゃ、ちょっとやってやりましょうか」


 私一人では無理だ。それはいつだってそう。

 でも、リングが居てくれれば、出来ることはかなり増える。

 今回もそう。さすが、頼れる相棒だ。


「――OK. SoulShift_Model:Persona. Ready?」

「Trigger!」


 トリガーワードと共に現れる、黒髪黒眼のガラス細工の様な少女。

 今回は白いワンピースを着ている。黒髪が映えてとても綺麗だ。


「……えぇっ!? オウカさん、その人どっから出てきたんですか!?」

「あー。紹介するわ。私の相棒、リング」

「――初めまして」


 おお、お辞儀した。なんか感動するなー。

 表情全く変わんないのはアレだけど。


「で、こいつ、私と同じこと出来るからさ」


 腕まくり。いやー、久々に全力でやれそうだわ。


「みんなで料理の下拵したごしらえ、頼めるかな?」




 私は紅いインフェルノ、リングは白いコキュートス。

 それぞれ拳銃を手にして、調理器具を再現する。


「んじゃ、作るか」

「――了解しました」


 まずは浅くて長い、長方形の鍋を作り出す。

 レーンの真ん中で分かれている緩やかな滑り台みたいな形。

 底の部分が動くように作ってある。

 そしてそこに、油を注ぎ込めば準備完了。


 加熱。低音と、高音。

 下拵え済の鶏肉を手に取り、低音の油に次々と投入。

 ゆっくりと流れていく鶏肉。

 進んで行くに連れて次第に火が通っていき、端っこに着く頃には一度目の揚げが完了。

 少し時間を開けて、今度は高温のレーンに投入して行く。


 次々と揚げられる鶏肉。その隣で、リングが大きな炒め鍋を振るう。

 鮮やかな手つきで炒められていく食材。そこに調味液を加え、更に炒める。


 私の手が空いた瞬間に合わせて焼肉弁当を作り終わり、炒め鍋を再形成して汚れを落とす。

 そこにすかさず私が材料を投入。次の瞬間には唐揚げの作業に戻る。


 息が合う、なんてものじゃない。

 まるで自分が二人いるかのように、何がしたいか、何をしているかが分かる。

 揚げ終わり、並べ、次を投入。

 炒め終わり、並べ、次を炒める。

 こちらの終わり際に新たな食材を並べてくれて、あちらの終わり際に次の食材を鍋に投入する。

 流れるように行われる二人三脚の調理。


 それはまるで、二人で踊っているかのような、そんな時間だった。




 さて、結論から言おう。

 ごめん。やり過ぎた。


 それぞれ百五十人前で良いところを、二百人前ずつ作ってしまった。

 合計四百人前。これは全て、私のアイテムボックスに収納されることになった。



「ほあぁ……オウカさん、凄いです……!!」

「あらまぁ。ほんと凄いわねぇ」

「んー。慣れですよ、慣れ。大量に作る機会多いですからねー」

「――状況終了:お疲れ様でした」

「あんがと、相棒。助かった」


 もうくたくただ。ずっと火の前に居たから汗だくだし、もう動きたくない。

 へろへろになりながらも、右手を軽く上げる。

 相棒はすぐに理解してくれて、自分の右手を合わせてくれた。

 ハイタッチ。


「――オウカ。稼働時間の限界が近いです」

「あーそっか。制限時間あるんだっけ……今度は一緒にご飯でも食べよっか」

「――食物の摂取は不可能です」

「ありゃ、残念。なら他の考えとくわ」



「――楽しみにしています、マスター」


 ふわり、と。リングは柔らかく、微笑んだ



 ……え? いま、笑った?

 うっわ、可愛い! リング、笑えるんだ!?


「ちょ、ねぇ、今のもっかい!」

「――……稼働時間終了。モデリング、消失します」

「あ、待てこら!」


 少し俯いたあと、相棒はいつもの調子で消えていった。

 くそう。逃げられたか。


 ……でもこいつ。感情がちゃんとあるんだな。

 初めの頃はもっと人形みたいな印象だったけど……私と一緒に成長してんだね。


 なんか、ちょっと嬉しいかも。


「にひ。次出てきたら覚悟しとけよ、相棒?」

「――回答拒否」


 あぁ、また楽しみが一つ増えたなー。

 次は何をしよう。よーく考えておかないと。

 またあの笑顔をみたいからね。

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