第192話


 まずはオーブンを余熱。目安は百七十度。

 その間にチョコレートとバターを湯煎ゆせんして溶かし、別のボウルで卵に砂糖と塩を入れて掻き混ぜる。

 終わったらバターチョコレートを卵にゆっくり入れながら混ぜる。

 そこに小麦粉とココア、風味付けのバニラを入れて、切るようにさっくりと混ぜていく。

 ツヤツヤになったら生地の完成だ、


 これを型に入れて、オーブンに突っ込んで待つこと三十分。

 焼きあがったら熱いうちに刻んだチョコレートをふんだんに乗せていき、溶けたらすぐさま冷やして固める。


 最後に、切り分け。二口サイズが多分ベスト。


 さてさて。ブラウニーとか久々に作ったけど、お味の方は……うん、中々に美味い。


 試し焼きは完了。次は、大量生産だ。

 ひたすら同じ作業を繰り返し、混ぜては焼いていく。

 これがまた楽しいんだよなー。



 という訳で。ブラウニー祭、開催。

 丸一日中ひたっすら作ったので、かなりの数がある。

 甘さたっぷり。チョコレートの効果で元気も出るし、何より食べやすい。

 本当はラム酒とか入れたかったけど、お酒は怖いので今回は辞めておいた。


 さあて。街道整備、どのくらい進んでっかなー。

 前回の様子だと、下手したらラストスパートかもしんない。

 ここらで視察も兼ねて、差し入れ持ってくかー。




 翌日の昼過ぎ。

 空を飛んで様子を見に来たところ、やっぱり予定よりかなり進んでいる。

 て言うかほぼ終わりかけじゃね、あれ。

 なーんで無理すっかなー、もー。

 ゴーレム達が列を作ってせっせと石を運んでるのは可愛いけどさー。



 ブースターを使ってゆっくり着陸。

 相変わらず活気に溢れてるけど、あの横断幕、どうにかなんないかなー。

 なんだよ、愛好会って。意味分かんない。


「ちわーす。差し入れ持ってきたんですけど……やっぱり無茶してるし」

「おう! オウカちゃんじゃねーか! お前ら、差し入れだってよ!」

「こいつはありがてぇ!」

「おい! 早く集まれ!」


 わらわらと出てくる冒険者たち。なんか人数増えてないか?

 前回に比べて二十人くらい多いんだけど。

 想定の三倍持ってきて正解だったなー。


 あ、あの人、こないだの貴族さんだ。

 今日もツルハシが似合ってんなー。


「もー。また無理してるでしょー?」

「いやいや、休憩は挟んでいるよ。ただ、人数が増えたので作業がはかどってはいるかな」

「うーん……まーいいです。はい、今日のおやつはブラウニーですよー」

「これはありがたい! みんな、並べ並べ!」


 口々に返事をするおっちゃん達。

 きっちり列を作ってブラウニーと飲み物を受け取っては幸せそうな顔をしている。

 なんだかなー。見慣れた光景だけど、かなりシュールだよね。


「おお! こりゃうめぇ! ありがとな!」

「うむ。王都の菓子屋と同じくらい美味いな。さすがだ」

「あはは……どもです」


 そのお菓子屋って、多分ネーヴェ菓子店のことだよね?

 なんか複雑な気分だわ。いや、喜んでもらえて嬉しいけどさ。


 ……あれ。てか今日は護衛の冒険者さん達いないのかな。姿が見えないけど。


「あの、護衛の人たちっていないんですか?」

「ああ、今は周囲の警戒を行ってくれているよ。そろそろ帰って来るはずだ」


 なるほど。あ、言ってるそばから帰ってきた。

 ……けどなんか、様子がおかしいな。

 慌ててるっていうか……あれ、逃げてきたのか?


「全員逃げろ! ゴブリンの軍団レギオンだ!」


 げ。またか。なんか最近軍団化してる群れ、多くないか?


「急げ! 今ならまだ……あれ、オウカちゃん!?」

「はーい、どもです。て言うか、この人数で軍団から逃げきれます?」

「厳しいが……大丈夫だ! 俺たちが囮になる! その間に騎士団を呼んで来てくれ!」

「お断りします。ぜってー嫌です」


 なんでこう……もー。冒険者って馬鹿お人好しばっか。

 そんなん全然格好良くない。生きて帰らないと意味ないじゃん。

 そりゃさー。私だって怖いけど、見捨てて逃げるとか無理に決まってるし。


 てかさ。早い話、数減らしゃいいんでしょ?

 遠くからなら、そんなに怖くないし。

 それに何より。


「リング。頼んだ」


 こんな馬鹿お人好し達、放っておける訳がない。



「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition。続けてアヴァロン」

「――OK. SoulShift_Model:Avalon. Ready?」

「Trigger!」


 桜の舞い散る中、一歩前に出て、両手の拳銃を前に突き出す。

 切り替わる。日常から、非日常に。

 同時にデバイス起動。両銃身に合わせ、眼前に漂わせる。


「障壁を背部に展開。やるよ!」

「――Complete展開.Bullet装填Type完了 : Quadruple 四重収束Penetrate貫通弾. Ready Over.」


 やがて、見えてきた。

 二十を超えるオークの群れに、一際大きいハイオーク上位個体


「……オウカちゃん?」

「私の目の届く範囲では、誰も殺させない。一人残らず、生きて帰るわよ」



 こいつらに踊る暇なんて与えてやらない。

 今はただ、皆で生きて帰る、ただそれだけを想い。


「ぶっ飛べぇっ!!」


 引き金を引いた。


 薄紅色の四条の螺旋。それらが交わり、極光となる。

 狙い違わず群れの中心にいるハイオークを飲み込み、その周りのオーク共々消し飛ばした。


 障壁に背をぶつけ、衝撃を逃した後、デバイスを背中に回す。

 突貫。撃ち逃した奴らを目掛け、低空を飛ぶ。

 目標は狩り残したオーク達。


 接敵直前に回転。銃底を顔面に叩き付ける。

 怯んだ隙に発砲。頭部を撃ち抜いた。


 着地、回転。振り下ろされた斧の横手に銃底を叩き込み、軌道を逸らす。

 よろめいた体に銃撃を浴びせ、蹴りつけた反動で距離を取る。


 いつもの様に構える。腰を落とし、左手を前に、右手は逆手に顔の横。

 さあ、手早く終わらせようか。


 銃口に魔力を集束。圧縮魔弾を浴びせる。

 複数体を貫通。残りは射線なら逃れた二匹。

 同時に襲いかかってくる巨躯。

 振るわれた棍棒を銃身を添わせて逸らし、もう一匹の剣に当てる。

 打ち合わされる鈍い音。同時に響く、二つの銃声。


 ゆっくりと倒れ伏すオークを見ながら、リングに問いかける


「残敵は?」

「――魔力反応無し」

「了解。状況終了」


 拳銃をホルダーに戻す。桜色の魔力光が舞い散り、私は日常へと戻って来る。



「……ふぅ。さてさて。んじゃ、みんなでお茶でもしましょっかね」


 振り返り、笑う。そこには守りたかった人達の姿。

 私の大好きな人たち。一緒に居たいと思える人たち。

 借り物ではあるけれど、この力があって良かったと、そう思える。


「あ、てか解体手伝ってくださーい!」


 大きく手を振りながら、軽い足取りでみんなの元に戻った。

 驚きと笑顔と喝采に溢れた場所。そこに、私は帰って行った。

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