第162話


 昨晩は凄い騒ぎだった。

 未だかつて無い豪華な食事にチビたちのテンションが爆上がりして、夜中までギャーギャー騒いでたし。

 何とか寝かしつけて、後片付けが終わる頃には日付けが変わっていた。

 そのままベッドに潜り込むと、最近睡眠不足だったのもあって、こてりと寝てしまったようだ。



 それでもいつもの時間に起きられたのは、習慣となっているからだろうか。

 朝の準備を済ませ、朝食をつくる。

 と言っても昨日の残り物を温めるだけなんだけど。

 保存が効かない物も多かったし、普段の癖で結構な量作っちゃったんだよね。

 幾ら食べ盛りが多いとは言っても、流石に冒険者と同じ量は食べきれなかったようだ。

 ちょっと反省。


 朝食後、みんなの分の洗濯を済ませて。

 今日は学校もないので、町を歩いてみることにした。



 慣れ親しんだ町並み。

 よく買い物に来たお店。

 チビたちと走り回った広場。

 少し奥にある、学校と、領主様の立派なお屋敷。

 なんだか、ほんのり懐かしい。



 一通りぐるっと回って、最後にお世話になっているパン屋さんに。




「オウカァァぶぐふぉ!?」


 ずどむっ!!


「ふぅ……おかえりなさい。実技テスト受かったんだってね」

「……えーと。ただいまです」


 今、人体から鳴っちゃいけない音がした気がするけど、

 たぶん気のせいだな、うん。

 てゆかオヤジさん、相変わらずだなー。


「あれ、てかなんでテストの事知ってるんですか?」

「町中の噂になってるわよ?」

「え。なんでです?」

「なんでかしらねぇ。でもみんな知ってるわよ」


 解せぬ。いやまー、悪い話じゃないから良いけどさ。


「んー。まあ、噂通り、実技テスト受かりました」

「おめでとう。良かったわね。じゃあ今日はお祝いに今日は半額ね」

「ぐぬ。そう来ましたか…」


 今日こそは定価で買おうと思ってたのに。


「今日は貰っておきなさい。祝われるのも義務だからね」

「……じゃあお言葉に甘えます。白パンください」

「はいはい、白パンねー。オマケも付けておくわね」


 ぽん、と珍しい見た目のパンを渡された。


「ぐぬ……次こそは適正価格で買いますからね。てかこれ、なんですか?」

「新作。英雄由来のメロンパンってパンよ」

「へー。確かに見た目メロンぽいですね」


 これ、外側はクッキーなのかな。

 見た目硬そうだけど……ちょっと楽しみだ。

 サクサクしてそう。


「んじゃ帰りにでも食べます。そういやうちのチビたち、ちゃんとやってますか?」

「ええ、とても助かってるわよ。みんな頑張り屋さんだからね」

「おー。そりゃ良かったです」

「たまーにお客さんに捕まってるけどね」

「は? え、何かしたんですか?」


 アイツらなら変なことはしないと思うんだけど。


「貴女の話を聞きたがるのよねぇ」

「私の? 何でです?」

「……なんでかしらねぇ」


 ぽふぽふと頭を撫でられた。

 解せぬ。


「むう……なんか最近、周りがおかしいんですよね。変に絡んでくるし」

「オウカは他人の好意に鈍いからねえ」

「好意なんですかね? なんかよー分からん感じの視線なんですよねー」


 なんかこう。慣れないって言うか、変な感じだ。


「まあ、その内分かるわよ」

「そんなもんですか」

「そんなもんよ。はい、どうぞ」


 袋詰めにされた白パンに、何故か黒パンまでもらったしまった。

 むう。まー今回はありがたくもらっておこう。


「……どもです。旦那さんにもよろしく伝えてください」 

「起きたら伝えておくわね。毎度あり」

「ありがとうございます。ではでは」

「はいはい。気をつけてね」


 結局今日も値引きされてしまった。

 いつになればちゃんと買えるんだろうか。

 道のりは遠そうだ。 


 ……とりあえず、そろそろ昼時だから一旦教会に戻るか。




 とんとんとん。

 がっしょがっしょ。

 じゅわー。



 キッチンに向かうと。

 既に年長組がお昼ご飯を作っていた。

 中々に慣れた手つきで、少し驚いた。

 うーん。成長したなー。


「あ、オウカ姉ちゃんおかえり」

「ただいま。何か作ろうかと思ってたけど……」

「今日は俺らが作るよ」

「ん。じゃあ任せたー」

「シスターとお茶でも飲んで待っててよ」

「そうすっかな。あんがと」


 ……なんかちょっと寂しい気がする。

 んー。言われた通り、お茶でもいれるか。




「みんな、頑張ってるからね」

「ん。みたいだね」

「それで王都の暮らしはどうなの?」

「冒険者を続けてる。こないだフリドール行ってきた」

「あら、懐かしいわね。今も街並みは白いままだった?」

「真っ白だったわ。んで、寒かった」


 中々に珍しい光景だった。

 また近いうちに行くことになりそうだけど。


「そう……ねえ、なんか色んな噂が入ってくるんだけど。

 複数のお店を持っていて、魔導列車の開発、魔物の群れの単独撃破。

 どれが正解なのかしら」

「えーと……全部関わってはいるかな」

「あらまあ。頑張ってるのねえ」

「いや、私じゃなくて周りが勝手に頑張ってると言うか」

「それもまた、人徳よ」

「そんなもんなのかなー」


 人徳。人徳ねえ。

 周りの人に恵まれてるとは思うけど、私が特別な訳じゃないと思うんだけどなー。

 ただ良い人たちと巡り会えただけだと思う。


「ねえオウカ」

「ん、なに?」

「またいつでも帰ってきなさいね。ここは貴女の家だから」

「……うん。ありがと」


 いつでも帰ってこれる場所。私の故郷。

 私の、家。


「ところで、まだお母さんって呼んでくれないの?」

「う。いや、それは、その……また今度ね」

「あらあら。そんな所は変わらないわね」

「なんかこう、恥ずかしいと言うか……慣れない」


 ずっとシスター・ナリアって呼んでたし。

 今更変えるのは難しい。

 面と向かって言うとなると、どうしても照れてしまう。


「まあ気長に待つわ。家族ですもの」

「うー……頑張りはする」

「楽しみにしてるわね」


 にこにこと、いつもの微笑み。

 心から安心できる優しさ。


 ああ、本当に。

 ここで暮らすことが出来て、良かった。

 色々あるけど、それでも。

 帰る場所があるのは、幸せだと思う。


「……いつも、ありがとう」

「どう致しまして。ほら、そろそろご飯ができる頃よ」

「ん。手伝ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」


 本当に。

 いつもありがとう、シスター・ナリアお母さん

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