第161話


 大暴れした翌朝。

 冷たい水で顔を洗って眠気を覚まし、朝食を済ませて学校に向かう。

 行きたくない。けど、行かなきゃなんないからなー。




 大きな門を通り、校舎へ向かう道。

 うっわー……なんか凄い懐かしい気がする。

 そんなに日が経って無いはずなんだけどなー。

 ……王都に行ってから、一日が濃いからなー。


「……おい。お前、なんでいるんだ?」


 ぼんやりしてると、いきなり後ろから声を掛けられた。


「あん? あーなんだ、金髪か。今日テストでしょうが」

「テスト、受けるんだな。来ないかと思ってた」

「なんでよ。学校退学になったら困るじゃん」

「……そうかよ」

「あによ。なんか文句でもあんの?」

「いや、何も無い。じゃあな」


 言うだけ言って、金髪は早足で去っていった。

 なんなんだ。毎回、変な絡み方しやがって。

 私の事嫌いならほっといてほしいんだけど。




 教室は、何も変わってなかった。

 いつものように窓際の一番後ろに座り、何となく外を眺める。

 登校中の子たちが友達と楽しそうに喋っている。


 学校に友達はいない。

 黒髪。黒瞳。人の少ない町では、異質は特に目立つから。

 物珍しい目で見られるのは慣れている。

 ケンカを売られることは減ったけど、私に視線が向くのは変わらない。

 居心地が良い訳ではない。

 ただ、せっかく学べる場所があるのだから、こうして通っている。


 幸いな事に、学費などは払わなくて済んでいる。

 領主様のおかげで、この学校に通うのにお金は必要ない。

 授業で使うものも全部支給してくれている。

 他にも色々。私たちの事を本当に考えてくれている、素晴らしい方だ。


 いつか機会があれば、直接お礼を言いたい。

 特に私たちは、多額の寄付を頂いているおかげで生活が成り立っているし。

 感謝の言葉は尽きないのだ。

 本当にありがたい話だ。


 それに、あまり言いたくは無いけれど。

 勉強を教えてくれる先生にも感謝している。

 私にだけ接し方がよそよそしいけど、知らないことを教えてくれるのは嬉しい。

 授業以外で話す事は無くても、分からない所があれば根気強く説明してくれる、真面目な人だ。

 こちらもいつか、感謝の言葉を伝えたいと思っている。

 たぶん、嫌われてるんだろうけど、それでもね。


「さて、皆さん揃っていますね?」


 タイミング良く、先生が来た。

 教室を見回すと、見知った顔が全員揃っている。

 て言うか、みんなこちらをガン見していた。

 目を向けるとさっと視線を逸らされるのも、いつもの事だ。

 別にいいけど……まー、気分は良くないよね。

 今日は授業は無いし、テスト終わったらさっさと帰るか。


「ではテストを開始します。時間は一時間です。では、始め」


 とりあえず。こっちに集中するか。




 筆記テストが終わった。

 今の私は多分、頭から煙が出てると思う。

 うー……そこそこ点は取れてると思う。思いたい。

 分からない箇所はそこまで多くなかったし。

 ……ただ、次がなー。



 魔法の実技テスト。

 毎回違う課題を出され、それを魔法を使って解いていく。

 物を浮かせたり、水を凍らせたり、内容は様々だ。

 そして、私の成績は最低レベルである。

 そもそも魔法が使えないのだ。どうしようも無い。


 すっげー帰りたい。でも、テスト受けないよりは受けた方がまだマシだし。

 どうせまた注目されるんだろうけど……まあ、それは慣れたからいいや。

 とにかく訓練所に行くか。




「はい。今回はあの的に攻撃してください。

 的に当たれば合格です。

 無理に破壊する必要はありません」


 あー。なるほど。攻撃魔法ねー。

 十五メートルくらい先にある木製の的。そこに魔法を当てれば良いらしい。

 どうすっかな……そこらの石でも投げつけてみるか?


「先生、補助魔導具の使用は大丈夫ですか?」

「認めます。それぞれ得意な魔導具を使用してください。

 また、的に当たらなくても飛距離によって成績が変わりますので、頑張ってください」


 補助魔導具。魔法を使う際に、発動を手伝ってくれる道具だ。

 よく見かける物だと火を着けたり水を出したりする物がある。


 無論、私には使えない。

 正確には、使おうとするとおかしな動きをする。

 火を着けようとして風が吹いたり、水を出そうとして魔導具が凍ったり。

 教会にも幾つかあるけど、危ないので極力触らないようにしている。


「オウカさん。大丈夫ですか?

 冒険者をやっていると聞きましたが、魔法は使えるようになったのですか?」

「いえ、相変わらず使えません」

「そうですか……辞退しても構いませんよ」

「……やりますよ。やらないよりマシですし」

「分かりました。決して無理はしないように」


 うっさい。言われなくても無茶なのは分かってんのよ。

 何せ私が魔法を使えないのは英雄のお墨付きだ。

 多分、無理なんだろう。それでも。

 諦める理由には、ならない。


「……あ。そっか」


 気付いた。補助魔導具の使用が認められている。

 と言うことは。


「では次、オウカさん」

「うっす」


 注目される中。決められた位置まで進む。

 今の私に魔法は使えない。

 けれど。魔力を使ってあの的を攻撃することはできる。


 ホルダーから拳銃を抜き放つ。

 紅白のそれを構え、正面に突き出す。

 呼吸を整え、照準。

 引き金を、引いた。


 発射された魔弾は。

 狙い違わず、魔弾は十五メートル先の的の真ん中を射抜いた。



 周囲がざわめく。

 どうだ! やってやったわ!

 借り物の力ではあるけど、少しは見返してやれた。

 ちょっとだけ気分がいい。ニマニマしそう。


「オウカさん、今のは……魔力弾ですか?」

「そうです。魔導具の使用は大丈夫なんですよね?」

「はい。合格です……合格ですよ、オウカさん。ついに、合格です……」


 なんか、両手を握られて、涙を浮かべていた。

 え……なんだ、この反応?


「あの、ありがとう……ございます?」

「そうですか……オウカさんが魔法のテストで、合格……

 皆さん、申し訳ありまさんが私は少し外します。学校長に報告すべき事が出来ましたので。

 残りの試験は……リディ君。貴方が担当してください」

「分かりました」


 ……いや。なんなのよ、一体。

 名前呼ばれた金髪もなんかニヤニヤしてるし。

 てか周りの視線もなんか、こう……変な感じだ。


「それでは!」


 くるりと、きびすを返して、先生は颯爽と歩いて行った。

 生徒の皆は、依然として私を見つめたまま。

 ……。なんなんだ、この状況。




「ただーいまー!」

「あらおかえり。どうだった?」

「ん。実技で合格もらった!」


 右手を突き出して笑う。

 今日はちょっとした記念日だ。

 夕飯は少し豪華なものにしよう。


「あら、そうなの。やったわね」

「やったわよ。初の快挙だわ!」

「そう。頑張ったわね」

「んー。てかあんまり驚かないのね?」


 せっかくびっくりさせようと思ったのに。


「ええ、まあ……知ってたから」

「は? なんで?」

「なんでって……キッチン、見てきなさい」

「キッチン?」


 言われるがままにキッチンに向かうと。

 何か。食材が山のように積まれてあった。

 なにこれ。お肉に野菜に……うお、海の魚まであんじゃん。

 こんな町だとかなり貴重なんだけど。


「え、これどうしたの?」

「全部頂き物なのよ。お祝いですって」

「はあ? 誰から?」

「えーと……それがね。内緒にしてほしいって言われちゃって」

「……なにそれ。怖いんだけど」

「大丈夫。ちゃんとお礼は伝えたから」

「いやそうじゃなくて……まーいいけどさ」


 そもそもなんで知ってるのかとか、なんでここまで祝ってくれるのかとか。

 色々聞きたいけど…多分、教えてくれないだろうし。


「……とりあえず、夕飯は思ってたより豪華なものに出来そうね」

「期待してるわね」

「なんかすっごい大袈裟だけど……せっかくだし。チビたちの好きなもんも作ってやれそうだから」

「あらあら。みんな喜ぶわね」


 ニコニコと笑うシスター・ナリア。

 に落ちないとこはあるけど……

 とりあえず。仕込みしちゃおうか。

 食べ物に罪はないもんね。

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