第159話


 今日は個人的な仕入れでアスーラに足を運んでみた。

 もちろん、変装用の帽子も忘れずに。


 相変わらず活気に溢れた所だ。

 船から荷が降ろされ、ごっついおっちゃん達が市場へと運んでいく。

 中には私より大きな魚なんかもあって、かなり目を引かれる光景だ。


 とりあえず市場を歩いて回って、オススメの魚介類や運ばれてきたスパイス何かを買い集める。

 今日はブレイドフィッシュがたくさん取れたらしく、かなり大安売りされていて得をした。

 それにエッセル産の良質なバニラが大量に手に入ったし、帰って料理するのが楽しみだ。



 屋台でミノタウロスの串焼きを買って食べ歩きながら、露店を冷やかしてみる。

 やっぱり珍しい物が多いな。

 中には音を奏でる魔道具や、見たものを記録してくれる魔道具なんかもある。

 台座の上でくるくる回る球体をつついて、カタカタと階段を降りていく木の模型で遊んだりした。



 お昼前。ちょうどお腹も空いてきたので、オウカ食堂のアスーラ支店を覗いてみる事にした。

 最近あまりこっちには来ないし、何か問題がないかだけ聞いてみよう。




 くらいの軽い気持ちで来てみたんだけど。

 何か。店の前にめっちゃ行列が出来ていた。

 なんだこれ。


「あのー……」

「すみません、順番にお願いします。皆さんお待ち頂いているので」

「いや、関係者なんですけど……何ですかこれ」

「なんだ、働き子か。今日は船が着いたからお客さん多いんだよ。手が空いてるなら手伝ってくれ!」

「おっと、了解です! 裏から回りますね!」

「すまん、助かるよ!」



 とりあえず裏手から厨房に行くと、中々凄い光景だった。

 大量に積まれた野菜。ひっきりなしに開閉される冷蔵庫。

 至る所から炒めたり揚げたりする音が聞こえる。

 まるで戦場のようだ。


「すみません、どこ手伝ったらいいですか?」

「あら、新入り? 助かるわ。とりあえず皮むきの方に回って」

「りょーかいです!」


 ツインテールの勝気な女の子に言われた通り、野菜の山に向かいマイ包丁を取り出す。

 ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ。王都のお店でも見慣れた野菜たちだ。

 手に取っては皮を剥き、指定の場所に置いていく。

 慣れたもので、三十分程で積まれた食材を剥き終わった。


「はっや……アンタ凄いね」

「慣れてるからね。次は下ごしらえ?」

「うーん。アンタ、火は使える?」

「……うん。まあ、大丈夫」


 これ、また歳下に見られてるパターンか?

 いや、なんかもう慣れてきたけど。


「なら調理に回った方がいいかも。下ごしらえはとりあえず私が他の子見ながらやるから」

「おっけ。りょーかいでっす!」

「ここを乗り切れば休憩だから、頑張ろ!」



 見た目、私より歳下の子に頭を撫でられた。

 ……うん。まあ、良いけどさ。

 とりあえず、調理場に向かうか。




 調理場で、他の人の邪魔にならない場所を確保。

 注文書に目を通しながら次々と料理を作っていく。

 王都のお店より量が多い。

 やっばい。これ、かなり楽しい。作っても作っても終わりが見えない。

 一旦炒め鍋を消し、汚れを落として再構成。油を入れ、次の料理へ。


 私が作業している後ろで、さっきのツインテールの子がみんなに指示を出しながら忙しく立ち回っていた。

 すげぇなあの子。まだちっちゃいのに周りをよく見てる。

 軽く五十人はいる店内の人間全員、何が出来るのか把握してるっぽい。

 まるでうちのフローラちゃんみたいだなー。




 体感時間でおよそ三時間。

 皆には交代で休憩を取ってもらい、その間も上機嫌で鍋を振り続けた。

 具材が踊る度、心が躍る。

 火を通し、色が変わり、心地良い音が鳴り、香りが立つ。

 この時間が堪らなく楽しい。

 よーし。じゃんじゃか作るぞー。




 日が暮れる頃にはお客さんも少し落ち着いたきた。

 さすがに腕が疲れたので、他の人に言って奥のスペースに腰掛ける。

 アイテムボックスから出した水を飲み干し、一息ついた。


 まかないでも食べようかと思ったけど、まだ忙しそうだなー。

 干し芋をかじりながら、水をもう一杯飲み干す。

 とりあえず、あっつい。

 ずっと火の前に居たからなー。


 帽子を脱いで髪を後ろに流し、手のひらでパタパタあおぐ。

 少しぼんやりとした頭に風が気持ちいい。


 んー。つっかれたー。けど、楽しかったー。

 あんだけの量作ったの、久々だったなー。

 やっぱりたまにはお店に出たいけど……フローラちゃんに頼んでみっかな。



「あーいたいた! 新入りちゃん、向こうにご飯あるわ……よ?」

「あ、さっきの。ありがとー」

「……ねえ待って。光が当たってないからかも知れないけどさ。

 アンタの髪、黒くない?」

「ん、ああ、黒いわよ。ほれ」


 ひと房手に取ってパタパタ振ってみせる。

 さぁっと、女の子の顔から血の気が引いた。


「まさか……あの……アナタ、オウカさん!?」

「あーうん。まあ。オウカですけど」


 周りで休んでいた子達が、ざわめく中。


「……さようなら、私の人生」


 そして、ツインテールの女の子は、膝から崩れ落ちた。


「いや待って、どうしたいきなり」

「……新入りだと思って皮剥きさせちゃった……もうダメだ……」

「ダメじゃないから! え、どんな流れなのこれ!?」

「ごめんなさい、私が勝手にやった事なんで! 他の子達は許してあげてください!」


 すがるように両手で足にしがみつかれた。


「いや、ちょっ……ハルカさーん!! 助けてー!!」

「うわーん!! ごめんなさいぃぃ!!」


 事情を知っているハルカさんが来るまでの間。

 ひたっすら、謝られた。




「…まあ、不服はありますけど。別に手伝うのは問題ないんで」

「あら、怒ってないの?」

「子ども扱いされてたのは、まあ……うん。でも、慣れました」


 悲しい事にね。もう何度目か分かんないし。


「そっか。ありがとね、オウカちゃん」

「てゆか何ですかあれ。私ってどんな扱いされてんです?」

「どんなって……英雄で、本店の店長。つまり、とても偉い人かな」

「いやいや、ただの町娘ですからね? あっちの店長はフローラちゃんですし」

「でもみんなそう思ってるわよ?」

「なにゆえ……」


 駆けつけたハルカさんに事情を説明し、女の子に立ち直った貰ったあと。

 お茶とお菓子を頂きながら、客足の途絶えた店内の奥の方でお話している。


 なんでも。アスーラ支店では私のことをとても立派な英雄として扱っていたらしい。

 吟遊詩人の唄をそのまま信じ込み、ハルカさんも否定しなかったのが原因だとか。

 いや、否定してくださいよ、まじで。


 んで、さっきの子。サフィーネちゃんと言うらしい。

 サフィーネちゃんは実質的にお店を回している、フローラちゃん的な存在で。

 そして、店員の中でも特に『夜桜幻想トリガーハッピー』を神聖視している。

 いつか自分もオウカさんみたいになるんだ! と毎日のように口にしている……らしい。



 ……さあて。どうしたものか。

 あの子的には知らないこととは言え、憧れの人に小間使いさせちゃったって事になるのか。

 私は全く気にしてないんだけど……めっちゃへこんでたからなー。

 ほんと、この世の終わりみたいな顔してたし。

 うーん……困ったなー。


「ハルカさん、何とかなりません?」

「んー。ちょっと思いつかないわね。本人と話してみたら?」

「そうしましょか……てな訳で、こっちおいでー」


 柱の影から見えているツインテールがびくっと震えた。

 そして、サフィーネちゃんが怖々と顔を出す。

 お。こうやって見てみると、この子もかなり可愛いなー。


「その……私……」

「あーほら、いいから。こっち座んなー」

「……はい」


 横の椅子をポンポン叩くと、恐る恐るといった感じで腰掛けた。

 なんか、人見知りな猫みたいだな。


「んでさ。さっきの話だけど」

「っ!!」

「アンタ、やるじゃん。大したもんだと思うわ」

「……え?」

「完璧な指示出し、周りへの気遣い。それに、みんなを守ろうとする優しさ。凄い子だと思う」

「……いや、そんな」

「頑張ってくれてありがとう。これならこのお店も大丈夫そうだね」


 ぽふぽふと、頭を撫で返す。

 実際、この年齢の割には出来過ぎな程、優秀だと思う。

 でもちょっと、心配だなー。


「でも無理はしないでね。割とマジで。働きすぎは禁止」

「はいっ!!」

「よし……あ、一個聞きたいんだけどさ」

「何でしょうかっ!?」

「私のこと、何歳くらいだと思ってた?」

「……」


 無言で。顔を横に向けて。

 指を開いた両手の平を、ゆっくり突き出された。


「……え、まじ?」

「正直に言います。歳下だと、思ってました」

「……身長的な意味で?」

「ええと……とても言いにくいんですけど……その、私より小さいので」


 やめて。その申し訳無さそうな顔は心に刺さるから。


「……ちょっと、その身長、寄越せ」

「ひっ!? いえその、さすがに無理と言うか、その……」

「……引っ張ったら取れないかな?」

「取れないと思いますよ!?」

「じょーだんだよ。……くそう」

「その… なんか、ごめんなさい」


 謝るんじゃない。余計に傷つくだろうが。

 これ以上育たないの確定してんだぞ、おい。


「まーとりあえず。気にすんな。また遊びに来るから、そん時はまた手伝わせて」

「ありがとうございます!! 

 あと、あの……握手してもらっていいですか!?」

「ん? ほれ。あーくーしゅっ」

「ほあぁ……一生の思い出にします……」

「ふむ……とりゃ!」

「ぴゃっ!?」


 何となく、不意打ち気味にハグしてみた。


 びくん、と震え。

 そのまま、サフィーネちゃんは気を失っていた。


「……あー。うん、やり過ぎたか?」

「あらあら。部屋に運んであげなきゃ」

「んーと。なんかすみません」

「いいのよー。それより、次はゆっくりしてる時に来てね」

「りょーかいです」


 次来る時はお土産を持ってこよう。

 お菓子とか。作りがいがありそうだし。

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