第149話


 撫で疲れた両手をぷらぷらさせながら王城に到着。



「で、お話した通り、作れるらしいです」

「それはありがたいですが……オウカさんの発想力は凄まじいですね」

「んー。昔っからチビ達に絵本読んでたりしてたからですかね?」


 色んな絵本貰ってたもんなー。

 何十冊あったんだろ。

 今度戻った時にでも数えてみるかな。


「なるほど…私も読んでみましょうかね」

「十英雄の物語とかオススメですよ?」

「……それは読みたくないです」


 ダメかー。いや、私的には大好きなんだけどね。


「まーとりあえず、ぱぱっとフリドール行って来ますね」

「え、今からですか? 辞めた方が良いのでは……」

「多分日没には間に合うと思うので。では」

「ええと……お気をつけて」




 でまあ。一応、以前買った耐寒装備で全身覆って飛んでいるわけだけど。


 めっっっちゃ寒い。


 高空はただでさえ冷えるのに、北に向かうに連れて気温自体も低くなっていく。

 結果。全身ガタガタ震えている。


 やっばい。北国舐めてたわ。

 まだ日暮れ前なのにこんなに寒いとは。

 とりあえず、一旦降りて休みたいけど……

 なーんにもないんだよね、見た感じ。


 大きな木とか岩肌とかあればまだしも、風が当たる場所に降りても何も変わらない。

 なので、空の旅を強行中である。


「リング……あと、どんくらい?」

「――およそ一時間程です」

「……死ぬ。到着前に凍え死ぬ」



 とにかく風だけでもどうにか出来れば違うんだけど……

 ヤバい。寒すぎて拳銃落としそうだわ。

 こんな事ならカノンさんの言う通り辞めとけば良かった。



 ……カノンさん?


 あ。そっか。



「……リング。アヴァロン」

「――SoulShift_Model:Avalon. Ready?」

「Trigger。正面に障壁展開」


 透明な障壁が目の前に現れる。

 直接当たる風が無くなり、寒さがだいぶマシになった。

 まだ寒いけど……我慢できない程じゃない。

 よっし。もうひと頑張りするか。




 吐く息が白い。

 雪が降っている訳でもないのに、視界が白い。


 高い街壁。奥に見える大聖堂のステンドグラス。

 街門から衛兵さんに至るまで。

 氷の都フリドールは、その全てが白く輝いていた。


 まるで凍りついてしまったかのような。

 時が止まっているかのような。

 そんな錯覚をしてしまいそうな、美しい街。


 うっわ……すごい。めっちゃ綺麗だ。

 氷の都ってこういう意味かー。

 確かに凍ってるように見えるわ。



 寒さも忘れて、しばらく見入っていた。




「――オウカ:街に入ることを推奨します」

「あ、そだね。宿も取らなきゃ」

「――魔物の反応もあります:早急に移動することをお勧めします」

「了解。あんがとね」


 リングの言う通り、とりあえず中に入ろう。

 寒いし。



「こんにちは。王都から来ましたー」

「王都から? 嬢ちゃん一人でかい?」

「ええ、まあ。あ、一応冒険者です」

「……そうか。偉いな。ああ、宿は真っ直ぐ行って右手側にある。

 美味い飯を出してくれる良い宿だ」


 お。これは良いことを聞いたな。


「ありがとうございます」

「何かあればここに来てくれ。助けになるよ。ああ、これをあげよう。体が温まるよ」

「ええと……どもです」


 何かまた、飴を貰った。

 口に放り入れるとほのかな甘さと生姜の辛み。

 なるほど。確かに温まりそうだ。



 ……私が何歳に見えたのかは、聞かない方が良いだろう。




 宿の扉を開けると、温かかった。

 中で暖炉に火を入れてあるようで、まきの焼ける匂いがする。

 ようやく、人心地ついた。


 外套をアイテムボックスに収納し、カウンターに向かう。

 太ったおばちゃんがニコニコ顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい。泊まりかい?」

「あ、はい。一部屋お願いします」

「……おや? 嬢ちゃん一人かい?」


 さっきも聞かれたな。なんか、うん……


「ええ、まあ」

「おやまあ、大変だったろう。夕飯は一品おまけしてやるよ」

「わ。ありがとうございます」

「しかしその歳で一人旅かい……偉いねえ」

「……あはは。どうも」


 ……ほんと、何歳に見られてるんだろうか。




 部屋を取ったあと、少し温まってから冒険者ギルドへ向かう。

 いつの間にか雪が降り始めていた。

 キラキラと降り注ぐそれは、まるで宝石のようだ。

 町や王都では中々見る機会が無いので、ちょっと楽しい。


 高めなテンションでギルドのドアを開けると、こちらも中は温かかった。

 奥のテーブルに男性が数人と、受付にお姉さんしかいない。

 こっちだと冒険者は少ないのかな、と思っていると。


「おう、嬢ちゃん。ちぃと退いてくれ」

「え? あ、ごめんなさい」


 後ろから熊のように大きなおっちゃんが入ってきた。

 私の身長くらいの斧を背負っている。

 この人も冒険者かな。


「なんだ? 嬢ちゃん、迷子か?」


 迷子て。マジかこの人。


「……いえ、ギルドに用があって。ギルマスさん、いますか?」

「ギルマスだぁ? おい、アルカ。ギルマス居るのか?」


 アルカと呼ばれたのは、受付のお姉さんだった。

 色白で髪がふわふわした、おっとりした女性だ。

 あとやっぱり、胸は大きい。


「ギルマスはぁ…居ると思いますよぉ…」

「居るらしいぞ。呼んでくるか?」

「あ、じゃあお願いします」

「おう。ちょっと待ってな…しかしこの天気の中でお使いか。偉いな」

「……どもです」


 ……うん。いや、善意だからね。ちょっと気になるけど。


「おや? お客様ですか。珍しいですね」

「なんだ、今呼びに行くところだったぜ。アンタに用だとよ」

「これはこれは。初めましてお嬢さん。

 私がここのギルドマスター、ロウディです」


 スーツ姿の初老の男性だった。

 撫でつけられた髪と丁寧な仕草がとても似合っている。

 元貴族の方だろうか。

 何か、おじ様って感じの人だ。


「どうもです。オウカです」

「……なんとまあ。貴女が?」


 ……またか。


「ええ、まあ。こんな見た目ですが、私がオウカです」

「いや失礼。あまりに可愛らしいお嬢さんでしたので」

「……そですか」


 ……なんか腑に落ちないけど、まーいいや。


「さておき、オウカ食堂の支店の件と言うことで宜しかったですかな?」

「はい。その件で来ました。お受けしたいと思っています」

「それはありがたい。皆が喜びますな」

「ただ、人員に関してはフリドールで雇う事になると思います。

 王都からは遠いので」


 さすがに王都から出張するには遠すぎる。

 希望者がいれば別だけど……どうだろ。


 案外いるかもしれないなー。

 まあ、その場合はここの店長にしちゃおうかな。


「ふむ、道理ですな。

 ですが、こちらと王都では取り扱う食材なども異なりますが…」

「あ、その辺は大丈夫です。王都から運んできます」

「なんと。そのような事が可能なのですか?」

「列車を海中に走らせますんで」


 私もびっくりしたけど。なんか出来るらしいし。


「ほう……噂の魔導列車ですか。よもや海中も走れるとは」

「走れるらしいですねー。それで、店舗の方はどうします?」

「そこはこちらで確保します。ちょうど良い物件がありましてな」

「んじゃそこはお任せします……ところで、なんですが」

「なんですかな?」

「や。周りの視線がめっちゃ気になるんですけど」


 気がつくと、十数人の冒険者に囲まれていた。


 なんてーか、この目は知っている。

 本店のカウンターの子に向けられてるやつと同じだ。

 具体的には、小さな子が頑張っているのを見て、微笑ましいと思ってる感じの。


「……あのですね。私、一応、十五歳なんですけど」

「なんですと? あ、いや、これは失礼致しました。随分とお若く見えますな」


 うっせえ。ほっとけ。


「ふむ……ついでと言ってはなんですが。もし良ければ、その帽子を取って頂けませんかな?」

「は? ええ、構いませんけど」


 帽子を取ると、纏めて入れていた黒髪がサラリと流れた。

 首筋に触れ、少し冷たい。


 どよめき。周りからの視線が変わる。

 物珍しいものを見る目、ではない。

 驚いてはいるけれど……なんだこの感じ。

 まるで、英雄を見ているかのような。


 ……まさか。


「おい。その黒髪に、オウカって名前……嬢ちゃんが『夜桜幻想トリガーハッピー』か?」

「そうですけど……やっぱフリドールにまで広まってんですね、その二つ名」


 誰だよ、広めたやつ。勘弁してくんないかな。


「噂には聞いていたが……本当に子どもだったのか」

「こんなちっこい嬢ちゃんがオーガを一人でなぁ」

「人は見た目に寄らんもんだな……」


 おいこら。


「……あの。そろそろ限界なので言っておきますけど」



 拳銃を抜き放ち、天井に向けて発砲。



「身長のことは、口にするな」

「お、おう……悪かった」


 全員、両手を上げて一歩下がった。


 なんなんだよ。みんなして子ども扱いしやがって。

 少し背が低いだけじゃん。


「さて。皆も納得した事でしょうし……如何ですかな? 少しお茶でもご一緒に」

「あ、じゃあ頂きます」


 らっきー。

 珍しいお菓子とか、あればいいなー。


 ……でもこれは、あれだよね?

 お客さんだからであって、決して小さな子の頑張りを褒めてる訳では無いよね?


 ……次はたぶん、暴れるぞ、私。

 

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