第128話


 港町アスーラ。

 今日も喧騒と潮の香りに溢れている。

 さて。とりあえず冒険者ギルドに顔を出しておこうか。

 支店の話もしなきゃならないし。

 念の為、変装用の帽子も忘れずに。


 そういや、ここに来るのって久しぶりかも。

 お爺さんに手紙渡した時以来じゃないっけ。

 古い木のスイングドアを押しながらそんなことを考える。

 

「こーんにーちわー」


 ざわりと。ギルド内の人達がいぶかしげにこちらを見てきた。

 ……なんだ?髪は隠してんだけど。

 んー? なんか気になるけど……とりあえず受付に行くか。


「こんちわー。ちょっとお尋ねします」

「おう、嬢ちゃん。ここに何の用だ?」


 いや、アンタじゃなくて受付のお姉さんに言ったんだけど。

 まあいっか。


「ギルマスさんいます?」

「ああ? ガキがギルマスに何の用だよ」


 ……ガキだぁ?


 ピキ、と。コメカミの血管が浮き出たような気がした。

 ダメだ私、抑えろ。


「ちょっとご挨拶にきたんだけど……」

「おいおい、チビガキに会うほど暇じゃねえぜ?」


 ピキピキ。


「……ねえ。いるの? いないの?」

「だから大人を連れて出直しな、ちみっこい嬢ちゃん」


 ぷつん。



「だっ! れっ! がっ! チビだぁぁぁっ!!」




 助走を付けてドロップキック。

 おっさんは不意打ちを受け、その場にひっくり返った。


「このガキ!! なんてことしやがる!!」


 立ち上がる周りのおっさん達。

 ほう。武器を持ってるってことは、やっちゃっていいよね?



「リング」

「――非推奨行動:冷静になってください」

「うるせぇ。やれ」

「――……OK.Master. Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」



 轟と揺らめく薄紅色。

 背中の拳銃を抜き、突きつける。



「誰がガキだっ!! 誰が!!」

「お前だろ!! どう見ても!!」



 てめぇら全員、風穴あけてやらぁ。




「あーほらほら、止めときなさい。無駄に怪我人が増えるだけよ」




 聞こえてきた甲高い声に。

 なんか、背筋がゾクリと来た。


「ねぇあなた。帽子を取ってあげたら?」


 振り返るとそこには。




 おねぇ言葉で半裸のツルピカマッチョが居た。




「……。だれ?」

「あらひどい。私を呼んでたでしょ?」

「……。ギルマス?」

「せいかい。ほら、帽子を取って?」


 ……。いや、うん。

 とりあえず、言われたようにしとこうか。

 なんかこう、逆らうとヤバい気がする。


 帽子を取り、長髪を後ろに流す。

 何気に蒸れて暑いんだよね、これ。


「黒髪だと……!?」

「まさかコイツ、例のオーガキラーか!?」

「嘘だろ!? こんなチビガキが!?」


 思わず。天井向けて発泡した。


「誰がチビで、誰がガキだって?」

「……いや、すまねえ。なんでもねえよ」


「ほらほら。アンタ達じゃ相手にならないし。ちょっと黙ってなさい?」


 両肩に手を置かれた。

 反射的に体が反撃しようとするのを、強い意志の力で抑え込む。


「ねぇ、お嬢さん。オウカちゃん、で合ってるかしら?」

「合ってます。私が、オウカです」

「そぉ……挨拶って事は、食堂の件かしら?」

「そですね。手ぇ、どけてくれませんか」

「あら。ごめんなさい。可愛い子にはつい手が出ちゃうのよね」

「三秒待つ。手を退けろ」

「あぁ。怖い怖い」


 両手を上げて降参ポーズを取るマッチョ。

 つーか服を着ろ、服を。筋肉ピクピクさせんな。


「……とりあえず。話は終わったから、帰ります」

「あらそぉ? 一緒にお茶でもいかが?」

「断固拒否します」

「あら。連れないわね」


 いちいちポーズを取るな。

 サクラドライブ使ってるから鮮明に捉えちゃうんだよ。

 目を離したらヤバい気がするし。

 本気で勘弁してほしい。


 これ、通常時だったら泣いてたかもしれない。


「とにかく。オウカ食堂の支店を出すことになったんで、把握だけしといてください。

 ただそこのマッチョは店に近寄る時は服を着て」

「はいはぁい。ハルカちゃんからもお話、聞いてるわよ」

「マジか。来なきゃ良かったわ」

「いやん。そんな目で見られると……興奮しちゃうわ」


 自らを抱き締めて悶えるツルピカマッチョ。


「リング。撃っていい?」

「――……。非推奨行動、ではあります」

「あら。さすがにそれはやめて欲しいわ」

「……まあ、用はそれだけなんで。では」

「あ、そうそう。私の名前はジークフリード。覚えておいてね、オウカちゃん」

「……じゃ、そういう事で」


 戦略的撤退。




 サクラドライブの効果が切れると、改めて背筋が震えた。

 あんな人がギルマスって……アスーラ、大丈夫かな?


 いや、実力があるのはわかるよ。

 肩掴まれた時、力強すぎて動けなかったし。

 それに、筋肉着いてて重そうな割に、足音一つ立てなかった。

 あの人多分、かなり強い。


 ……のは分かるけど。なんで半裸なのよ。

 おねぇ言葉はまだしも、服は着てほしい。

 割と切実に。だって。ねえ。


「リング。私、あの人とまた会わなきゃいけないよね?」

「――肯定。オウカ食堂アスーラ支店開店時に会うかと思われます」

「……支店だすの早まったかなー」




 お店の方に顔を出してみると、こちらは特に問題ないようだった。

 ハルカさんを初めとした調理組が練習会を開いていたので飛び入り参加。

 嫌なことを忘れるために、無心で料理を作りまくった。



「オウカちゃん。この量はさすがに、多すぎない?」

「……すみません。持って帰りますね」



 王都へのお土産が出来たと思っておこう。うん。


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