第101話


 本日は、いつもの街道沿いをのんびりと飛んでいる。

 ギルドに顔を出したら討伐依頼が溜まってたから、纏めて引き受けてきたのだ。

 なので。リングに周辺探索をしてもらいながら、ゆったりと空の散歩を満喫中である。


 途中、ゴブリンの小さな群れなんかが出たけど、高空からの狙撃で仕留めていった。

 油断さえしなければ大した相手ではない。


 ……とか言いきれる時点で、そろそろ町娘の肩書きは捨てた方が良いのかもしれないけど。

 そこは私の最後の拘りなのだ。

 なんとなく、町との繋がりが途絶えてしまう気がして、中々割り切れない。


 まー、町娘兼冒険者というのも、悪くはないんじゃないかなーと思っている。

 ……最近、町娘の辺りは否定されてばかりだけど。

 英雄なんて柄じゃないってのに。


「――敵性反応:オークの群れです」

「お、ラッキー。今晩のお肉、ゲットだね」


 一応、オウカ食堂に行けば食材はあるんだけど、あれはお店用だしなー。

 自分の分は自分で狩った方が何かと都合が良い。

 好きなだけ持ち帰りできるし。


 とりあえず感知できる範囲のオークを全て狩り尽くして、まるっとアイテムボックスに収納していく。

 うむ。よきかなよきかな。しばらくお肉には困らないね。


「――オウカ、警戒を:緑の光点反応が近くにあります」


 ほう。街道沿いで緑色か。さてさて?


「どっち? 普通の人? もしくは……」

「――魔力反応一致。偽英雄です」


 うげ。出たな、黒いやつ。

 うっわー……お次は誰なんだろうか。

 非戦闘系だったらいいんだけど。


「まーとりあえず、行きましょうか」

「――マップに表示します」


 出してもらったマップを確認すると、まだだいぶ距離がある。

 でも、空を飛んだ行けばすぐの距離だ。

 これならまー、問題なく辿り着けるかな、と思った矢先。


 遠くで、何かがキラリと光った。

 嫌な予感が背筋に走る。



「――オウカ! 回避を!」



 慌てて進路をずらすと、銀光が頬をかすった。


 うっそ……まだ二キロ以上離れてんだけど……

 何だ、今の。こっわ。



「――パターン解析完了。恐らく、英雄ハヤサカエイカの偽物です」

「な、なるほど……やっばいわねアレ」


闇を見透す第三の瞳ヘイムダル・バレット

 遠くの物や気配を読み、空間を把握する魔眼の加護。

 てことはこの狙撃は、物語にあった専用武器の超長距離狙撃銃ドラゴンイーターかな。

 いずれにせよ、高空はまずい。狙い撃ちされる。

 それに、この距離だとこちらの攻撃は届かない。



「リング」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」



 薄紅色の尾を曳いて、着地。

 すぐに斜め前に跳ぶと、一瞬前まで居た場所を銀光が通り過ぎた。

 後ろから破裂音。大木が炸裂する。


 次弾までが早い。五秒に一発程度で射撃される。

 それに、この威力はアヴァロンじゃ防げない。

 これはちょっとよろしくない状況だ。



 前を睨みつけ、心の中でカウント。


 ……三、二、一、来た。


 左に跳ぶ。右肩スレスレの場所を銀光が貫いた。

 怯まず、全力で駆ける。ブースターは小回りが効かない。走る方が良い。




 五秒毎に飛んでくる死の魔弾。

 避け、走り、銃身にかすり、走る。

 出来るだけ不規則ジグザグに動きながら。

 それでも、照準は的確で、少しずつ私に近づいてきている。




 残り一キロ。

 ようやく目視できた。

 草むらに身を潜めるように屈みこんだ、黒い塊。

 三日月のように避けた赤い口。

 黒光りする銃身。

 まるで、死神の鎌のようにも見える。



 この距離なら。

 銃口から照準を読んで、地を蹴って回避。

 着地後、最大速度で駆ける。



 カウント。回避。


 カウント。回避するも、

 遅れて動いた髪に当たり、衝撃で少し速度が落ちる。



 構わない。四肢さえ無事なら、駆けられる。


 カウント。跳躍。ブーストして即座に着地。


 カウント。意図的にずらされた照準。回避せず、駆ける。

 回避先を読んできている。


 辿り着くのが先か。

 撃ち抜かれるのが先か。




 駆けながら、思う。

 いつもの事だと。


 どうせ一撃貰えば終わる。

 それは普段と変わらない。


 ならば、恐れる事などある筈も無い。




 突き進め。




 カウント、回避、疾走。

 カウント、身を低くして躱す。


 獣のように地を駆ける。

 薄紅色の軌跡を描く。


 カウント、カウント、カウント。

 跳ぶ、屈む、駆け抜ける。




 ブースト起動。真横に吹き飛び、死神の魔弾を避ける。

 そのまま回り込み、接敵。




 捉えた。




 そう思った瞬間、銃撃。

 躱し切れず、左肩を抉られる。



 喰らった。衝撃で体が仰け反る

 でも、速度は殺させない。



 デバイス起動。最大出力。接敵。


 右手の赤い拳銃インフェルノを突き出し。



「終わりだ!」



 発砲。黒い泥のような何かが爆ぜる。

 私は勢いを殺せず、地面を転がり回った。




 泥だらけの中振り返ると、偽りの英雄は塵となって消えていく所だった。

 終わった。何とか競り勝った。


 戦意が途切れると同時に、薄紅色の魔力光が霧散していく。




「…………あいったああああああ!! 痛い痛い痛いいいいい!!」


 サクラドライブの影響で薄まっていた痛みが一気に溢れ出た。

 やばいこれ痛いってか熱いってか痛い痛い!!


 慌てて常備してるポーション回復薬をぶっ掛けて、包帯でぐるぐる巻きにして血止めする。

 少しだけ痛みが和らいだ。



 うぐぅ……やばい、涙出てきた。

 銃弾って当たったらこんなに痛いのね……

 噛みちぎられたように痛い。いや、経験ないけど。


 そして。痛みに悶える中、リングの簡素な声が聞こえた。



「――オウカ:警戒を。正面方向からワイバーンの群れが接近中」

「……はは。嘘でしょ」


 よりによって今来るか。

 見ると、空の一端を覆う雲のように群れを成して飛ぶ飛竜の姿。


 あー……ちょっと、今は、厳しいかも。

 何匹いんのよアレ。こっわ。

 いや、一応、飛べはするだろうけど……

 はは。あの量はちょっと、キツイかなー。


 うーん……でもまー、仕方ない。腹を括るか。

 サクラドライブさえ起動してしまえば痛みは感じない……はず。


 肩の痛みを抑えて立ち上がる。その時。




「照準。合わせ」


 風と共に、声が聞こえた



 轟音。

 空を覆う黒い塊に、穴が空いた。



「ヒット。七機撃墜」


 以前会った時とは違う、機械のような冷たい口調。

 風に流される黒髪。

 立ったまま、真っ直ぐに構えられた長身のライフル。


 十英雄の一人、ハヤサカエイカ。

 そしてリュウゲジマコトさん特製の専用武器、超長距離狙撃銃『ドラゴンイーター』




 本物の英雄が、そこに居た。




 ガチャリとレバーを引き、次弾を装填。


「照準。合わせ」


 更に轟音。


「ヒット。五機撃墜。オウカさん、大丈夫ですか?」

「え、あ、はい」

「結構。セット。合わせ……ヒット。安静にしてください」


 視線は空に向けたまま、温もりを感じない声で労わってくれた。



 うん、なんか……なに、この状況。


 機械のような正確さで次々とワイバーンを撃ち落としていく。

 速い。次弾発射まで一秒も掛かってない。

 そして、外れない。一発足りとも。

 その銃撃が放たれる度、数匹のワイバーンが堕ちていく。


 それはまるで、時計の秒針が時を刻むかのように。

 性格無比に、躊躇いなく。


 英雄は冷たい眼差しで敵を捉え、百に近いワイバーンを撃墜していく。


「セット。合わせ……ヒット。敵性個体、殲滅を確認」


 狙撃銃を背に戻し、髪をかきあげる。

 サラサラと風に舞う黒髪。

 彼女の瞳が、ようやく私を写した。



「えぇと。オウカさん、立てますか?」


 柔らかな眼差しに、困ったように下がった眉。

 以前見た、彼女の優しげな表情に、心が落ち着いた。


「大丈夫です。助けてくれて、ありがとうございました」

「あ、肩怪我してるじゃないですか。大変だ……キョウスケさんを呼ばないと」

「あーいや、応急処置はしたので大丈夫かと」

「応急処置だけでは危険です……いま、呼びますから」


 背中の狙撃銃を取り出し、赤色の弾を装填。

 そのまま真上に発砲。

 パァンと、どデカい花火が咲いた。


 ……へ? 花火?



 数秒後。


「へいお待ちっ!! 患者さんは……あれ、オウカちゃんだねっ!!」

「おやまあ。よくお会いしますねえ」


 レンジュさんに腕を掴まれて、キョウスケさんが少し呆れた顔をしていた。

 遅れて、砂煙と爆音が巻き起こる。


 …………。ええと?


「話は後です。とりあえず治しますので」


 こちらに手をかざして微笑むイケメン。

 ……ほんと顔面偏差値高いな、英雄って。



「起動。時よ、逆しまに廻れ。

 還れ、月日が満ちようと。其は撥条からくり仕掛けの神なれば。来たれ。

時を殺す癒し手デウスエクスマキナ』」


 キョウスケさんの背後に、大きな懐中時計が現れ。

 くるくると、時計の針が逆側に回り出した


 …………え、お、おおお?

 肩の痛みがない。怪我、治ってる?



「完了です。痛みなどはありませんか?」

「ないですねー。あ、ありがとうございます」

「たまたまキョウスケと一緒にいて良かったっ!! 暗黒イケメンもたまには役に立つもんだねっ!!」

「あー……レンジュさんも、ありがとうございます」

「どういたしましてっ!!」


 ……暗黒イケメンって、キョウスケさんの事だろうか。

 普通の優しげなイケメンにしか見えないけど…

 まあでも、英雄だし。何かあるのかな。



「……あの。とりあえず、落ち着いた所で話をしたいんですけど。

 頭ん中パンクしそうなんで」

「んじゃとりあえず王城に行こっか!! 三名様ごあんなーいっ!!」


 言いながら、私とエイカさんの腕を掴む。

 キョウスケさんは、苦笑いしながらレンジュさんの肩に掴まった。

 え、なに? 何か嫌な予感しかしないんだけど…



 ……そう言えば、この人レンジュさん、どうやって来た?



「いや待ってゆっくり歩いて行き――」


「『韋駄天セツナドライブ』っ!!」


            「――たぁぁぁぁぁ!?」


 私の叫びを置き去りにして。

 音速を超える速度で拉致られた。

 

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