第102話


 レンジュさんの『韋駄天セツナドライブ』の能力は、地を蹴る度に加速する他に、もう一つある。

 任意の摩擦力を消す能力。 

 つまり、人を引きずっていても、氷の上を滑るように移動できる、という訳らしい。

 それも、音速を超えたスピードで。


 なんと言うか……うーん。なんと言えば良いんだろうか。

 ……まー、これに助けてもらった訳だし……良しとしよっかな。

 めたんこ怖かったけど。てか泣きそうになったけど。



「…あ。帰ってきたね」


 王城に入ると、ツカサさんが出迎えてくれた。


「たっだいまっ!!」

「戻りました」


 元気よく挨拶するレンジュさんと、やや疲れ気味な笑顔のキョウスケさん。

 私もペコリと頭を下げる。

 そしてちらっとエイカさんを見やると。


「ツカサ君……久しぶり」


 そこには。穏やかでもなく、冷徹でもなく。

 恋する乙女が満面の笑みを浮かべていた。


 ……おお。分かりやすいなー、この人。


「…エイカ。おかえり」

「ただいま。少し髪が伸びたね」

「…あ。そうかも。最近切ってなかった」

「じゃあ後で私が整えてあげるね。それに、旅の話もしたいし……

 どこかで二人きりで話そ?」

「…いや、報告ならアレイさんがいる所が良い」

「………うん。そうだね」

「…それに、髪は自分で切れるから」

「…………ウン。ソウダネー」


 ……え、嘘。まさかツカサさん、気づいてない?

 レンジュさんは珍しく苦笑い。キョウスケさんさんは肩をすくめて、同じく苦笑い。


 ……マジか、この人。


「ツカサ君はまあ、昔からそういう子なんですよ」

「アレイ曰く正義バカだからねっ!!」

「……うわあ。ある意味凄いですね、あの人」


 傍から見てても明らかに好意を向けてるのに。

 なんと言うか……エイカさん、ちょっと可哀想かも。


「あ、そだ。エイカさんが撃った花火、あれなんですか?」

「緊急時の信号弾だねっ!! アタシらみんな持ってるよっ!!」

「へー。便利ですねー」

「て言うかオウカちゃんっ!! 何か忘れてないかなっ!?」

「……え? なんですか?」

「アレイからなーにか渡されてないかにゃー!?」


 アレイさんから? 渡された?

 何を……あ。


「…………通信機?」

「いえーす!! ザッツライト!!」


 うわ、そういやそんな物貰ってたっけ。

 すっかり忘れてたわ。


「……まあ、真面目な話、命に関わりますので。今後は気をつけてくださいね?」

「いやほんと、ごめんなさい」


 返す言葉もないです、はい。




「おーい……なんの騒ぎだよこりゃあ」


 しばらくして、少し汗をかいたアレイさんが、頭をガリガリ掻きながら現れた。

 訓練でもしていたんだろうか。


 まー、だいぶ煩かったからね。主に約一名。


「あ、アレイさん。戻りました」

「おう、エイカ。おかえり。で、オウカちゃんも居るって事は……

 あー。なんとなく、察した」

「あはは…すみません」


 癖なのか、頭をガリガリ掻いて、苦笑いされた。


「どうせキョウスケ辺りから説教されてんだろうし、俺からは何も言わんよ。それよりエイカ」

「はい、私の方は成果無しです。遺跡には痕跡しかありませんでした。アレイさんの方はどうでしたか?」

「こっちもだ。あのポンコツ女神クラウディア、肝心な時に限って出て来やがらない」


 いや、だからさ。女神様をポンコツってどうなのよ。

 この世界で一番偉い人だよ?

 そして他の人たちも、なんで納得顔してんのよ。


 シスター・ナリアが聞いたらぶち切れそうだな、これ。


「まあ、そう簡単に話が進む訳ないわな。今は待つしかないだろ」

「そうですね。私もしばらく王城に留まることにします。ツカサ君も居ますし」

「……どうせ『闇を見透す第三の瞳ヘイムダル・バレット』でちょくちょく見てたんだろうが」

「……ソンナコト、ナイデスヨ?」


 なんつー加護の無駄遣いを……いや、本人的にな重要な事なのか。


「はぁ……おいツカサ。エイカに髪切ってもらってこい」

「…自分でやれるけど」

「お前は雑だからダメだ。良いから行ってこい」

「…アレイさんが言うなら。エイカ、頼む」


 ぱあっと満面の笑みを浮かべるエイカさん。

 ……ほんっと分かりやすいな、この人。

 なんかちょっと可愛いかも。いや、私より歳上だろうけどさ。


 エイカさんはツカサさんと手を繋いで、スキップしそうな勢いで通路の奥に去って行った。

 頑張ってくださいエイカさん。応援してます。


「で、だ。俺はカノンと話してくるが……オウカちゃんも来るか?」

「もし暇ならアタシとデートするって選択肢も!!」

「無いです」


 即答。レンジュさんは一瞬固まり。


「……。かーらーのーっ!?」

「無いです!」


 再度即答。めげないなこの人。


「うーん。カノンさんには会いたいんですけど……怒られそうだからなー」


 うん。絶対怒られる。美女が怒ると怖いんだよね


「叱られるのは子どもの特権だ。大人しく叱られとけ」

「……一応これでも十五なんですが」

「俺からは見たらまだまだ子どもだ」


 楽しそうに笑い、頭を撫でられた。

 なんだろ。子ども扱いされてんのに、何か安心する。

 アレイさんって、みんなの保護者みたいなとこあるからかな。

 不思議と自然に受け入れている自分がいる。


 ……て言うか、こんだけ落ち着いた人なのに、戦闘時は頭ぶっ飛んでるのは何故だろうか。

 ほんとに龍に単騎特攻した人と同一人物なのかな。


 かなり謎だけど……英雄ってみんな、そんなもんなのかもしんない。

 みんな基本的にちょっと変わってるし。



「なーんかひでぇ事考えてないか?」

「いえ、この世の真理関して少しばかり」

「……一応言っておくが、俺はレンジュやツカサと違って戦闘は嫌いだからな?

 怖いし痛いし面倒だしでロクな事がない」

「……えっ?」

「こちとらただの一般人だからな。『神造鉄杭アガートラーム』のおかげで何とか誤魔化せてるだけだ。

 他の奴らチート持ちと一緒にされても困る」


 頭をガリガリ掻きながら肩を落とす。

 確かに見た目は、無精髭も合わさって普通のおじさんにしか見えないけど…

 ……一般人? この人が?


「あの。一般人は魔王を倒したり出来ないと思うんですけど」

「は!? 何でそれを……いや、カノンか。あのブラコンは……

 それはだな、その……色々あってな。とにかく、俺自身はただの一般人だよ。そこらの人と何も変わらん」


 そういやゴブリンに殺されかけたんだっけか、この人。

 ……うーん。やっぱりこの人、よくわかんないや。

 他の英雄はアレイさんが最強だと言い、それを本人が否定している。

 果たして、正しいのはどちらなんだろう。


「……ってか、オウカちゃんの自称町娘の方が有り得んだろ」

「いやいや、そんな馬鹿な」

「十一人目の英雄『夜桜幻想トリガーハッピー』。別名オーガキラー。

 武術大会優勝者。それに、かなり多くの魔物を討ち取ったらしいな?」

「それはその……私が強いんじゃないですし」


 私の力は全て借り物。偽りの力だ。

 自分で鍛錬してきた訳でも、戦闘の才能がある訳でもない。

 リング、拳銃、サクラドライブ。みんな、私自身の力ではない。


「……まあ、その辺はお互い触れない方針で行こうか。

 とりあえずカノンの所に行くとしようか」

「あ、はい…てか、レンジュさん? どしたんですか?」

「あん? どうかしたか、レンジュ」


 先程から不機嫌そうに黙り込んでる騎士団長レンジュさん

 その姿はなんてーか、非常にこの人らしくないと言うか。

 黙って俯いてる姿は非常に珍しいと思う。



「うっさいわっ!! このロリコンっ!!」

「誰がロリコンだこら」


 誰がロリだ、おい。


「小さい子にばっか優しくしやがって!!」

「いや小さくないですからね私。まだ成長期が来てないだけですからね? 聞いてますか、ねえ」

「あー……いや、放っといたのは悪かった。夜に時間作るから許してくれ」

「ねえ聞いてます? ちょっと、こら」

「……お酒とおつまみ込みなら許す」

「おーい、聞いてんのかアンタら」

「分かってるって。秘蔵の酒を出してやるから、な?」



 ぷつん。



「 ひ と の は な し を 聞 け え !! 」



 床に向かって発砲。


「「あ、はい。すみませんでした」」


 伝説の英雄二人は、直立不動で謝罪してきた。



「……つーかイチャつくなら他所でやってくれませんか」

「あーいや、そういう訳じゃないんだが……すまなかった」

「あ、あはは…ごめんねっ!!」

「まったく……いい加減、ロリ扱いは辞めてください。風評被害です」

「いや、それに関しては……あ、そうだな、俺が悪かった。

 だからそいつ拳銃をしまってくれ」


 向けていた銃口を降ろす。

 何だよ皆して人を幼子扱いしやがって。

 私だって成長期が来たらもっと背が高くなるんだよ。


 ……きっと。たぶん。わりと切実に。


 てゆか私とレンジュさん、対して変わらないと思うんだけど。

 その辺りはどうなんだろうか。


 ……とりあえずまー、アレだ。

 カノンさんに愚痴聞いて貰おう、うん。

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