第87話


 こんこんこん。がちゃ。



「ちわー。お菓子をお裾分けに来ましたー」

「ウェルカムマイエンジェル!! ひゃっほぉい!!」

「お邪魔しましたー」



 ぱたん。



 …はっ!? つい反射的に閉めちゃた。

 いや、でも仕方ないよね。あの中に飛び込むの勇気いるし。

 わざわざ危険なところに近寄る必要ないと思うし、うん。

 言い訳完了。さて、帰るか。



「ど、こ、に、行くのかなっ!?」

「うひゃあっ!?」


 え、何で後ろにいるのこの人!?

 いま部屋の中に居たよね!?


「オウカちゃんのレアな悲鳴ゲットだぜっ!!」

「……何でいるんですか」

「裏口からぐるっと回ってきたのさっ!!」


 え、なに。つまり私を驚かせるためだけに加護を使って超速で回り込んだってこと?

 改めて、無茶苦茶だわ、この人。


「なんて無駄な加護の使い方をしてるんですか」

「私的には意味があったから良しっ!!」

「……相変わらず変態っぽいですね」

「その冷たい視線もなかなか悪くないねっ!!」

「うわ、無敵か」


 さすが最強の英雄。何言っても喜ぶとかタチ悪すぎる。


「……とりあえず、お裾分けに来たんですけど」

「オウカちゃんを頂いていいのかなっ!?」

「ぶち抜きますよ。お菓子のお裾分けです」

「ちょっと遠慮が無くなってきて嬉しくも寂しいなっ!!

 で、お菓子っ!?」

「ええまあ、作りすぎたんで」

「そっかそっかっ!! ありがとねっ!! みんな喜ぶと思うよっ!!」


 ……おや? 何か反応が予想と違うような。

 もっとハイテンションで喜ぶと思ったんだけど。

 ふむ。「みんな」喜ぶ、ね。ふうん。


「……レンジュさんは、食べないんですか?」


 あ、固まった。やっぱりか。

 毎度やられてばっかりと思うなよ。


「……。や、その、最近甘いものがちょい苦手になってねっ!?」


 大当たり。やっぱりか。


「お酒ばっか飲んでるからでは?」

「うっ……いや、ご飯も食べてはいるよっ!!」

「……あんまりだらしないと今度から騎士団長さんって呼びますからね」

「それは全力で拒否したいんだけどっ!?」


 おお、珍しく慌ててる。ちょっといい気分だ。

 いつもやられてばかりだし、たまにはね。


「じゃあまともな食生活を送ってください」

「うう……りょーかいっ!!」

「んじゃこれ、あげます」

「お。なにかなっ!?」

「トマトのゼリーです。あまり甘くないんで、パンにも合いますよ」


 甘いもの苦手な人もいるかなーって、念のため作っておいたのだ。

 トマトの酸味をベースに塩で味を整えてあるので甘味は然程ない。

 パンの他、パスタやクラッカーにも合うと思う。


「それ、市販されてなくてレシピ考えるの大変だったんですからね。ちゃんと食べてください。栄養価も高いんで」

「おおうっ!? オウカちゃんって、アタシのこと大好きだったりするのかなっ!?」

「真面目な話、セクハラが無ければ好きです」


 ほんと、セクハラさえなければ明るくて楽しい人なんだけどね。

 その一点で全部台無しになってるのが残念だ。


「それは本能的なものだから仕方ないかなっ!!」

「……その割にギリギリライン攻めてきますよね」

「それも本能的なものだねっ!!」


 本能て。なんて厄介な。


「まあ、ある程度までは受け入れますけど」

「おおっ!! いいのっ!?」

「冗談で済むところまでなら。でも、それ以上は覚悟を決めてくださいね」


 レンジュさんの手を取り、にこりと笑う。


「えぇと……何の覚悟かなっ!?」

「私に嫌われる覚悟。或いは、私と添い遂げる覚悟ですかね」

「……何か凄い事言われてる気がするけどもっ!?」


 知ったことか。今の私は無敵だ。

 何せこの世界で二番目に偉い人と会話した直後である。

 怖いものなんてあまりない。

 因みに、一番偉いのは女神様だ。


「私も凄い事言ってる自覚はあります。でも冗談でやって良いこととダメなことがあるでしょ?」

「うっ……はい……」

「そういうことしたいなら、まずは信頼関係を築きましょう。無理矢理はダメです」


 同意は大事。もう一度言うが、同意は大事だ。

 モフり道の基本である。

 でないと、親御さんに怒られるからね。


「何か今日のオウカちゃん強いねっ!?」

「ああ、さっき王様に無理矢理謁見させられたんで。一周回ってテンションがおかしな事になってます」

「ツカサっちかな!? 大変だったねっ!!」

「ええまあ。おかげさまで実家のノリに近くなってますね」


 あれだね。教会のチビ達を相手にする時みたいな。

 自分でもよく分かんないけど、何かそんな感じ。

 ちょうどいい機会だし、言いたい事は言ってしまおう的なところもある。


「ねえちょっと待ってっ!? それってアタシちっちゃい子扱いされてるっ!?」


 いやいや。そんな馬鹿な。


「いいえ。好きな子に意地悪しちゃう男の子と同じ扱いですよ」

「男の子扱いっ!?」

「私もよくスカートめくられたりしましたからねー」

「待って、アタシそのレベルなの!? ちょっと酷すぎないかな!?」


 何を今更。


「……初対面の人間にあんなことしといて、そんなこと言います?」

「ごめんなさいでしたぁっ!!」


 勢いよくジャンピング土下座された。


「理由があったにしてもやりすぎです。反省してください」

「……えっと、何のことかなっ!?」

「どうせアレイさん達の為に自分が嫌われ役をしようとか思ったんでしょうけど。やり方が雑です」

「……あれま。いつから?」

「最初から気付いてました。人の視線とか敏感なもので」


 昔から、そういうのには慣れてるからね。

 敵意とか害意とか、目を見れば相手がどう思ってるかある程度は分かる。

 この人は私の事嫌ってるな、とか。疎ましく思ってるな、とか。

 自分に向けられる好意だけは未だに分かんない事多いけど。


「レンジュさんが私を警戒していたのは知ってます。最近それが無くなったのも。

 ただ、惰性でセクハラするのは止めましょう」


 何となくで触られるこっちの身にもなってほしい。


「うわっ!! そこまでっ!? オウカちゃんって何者っ!?」

「ただの町娘ですよ」

「町娘のスペック高すぎじゃないかなっ!?」

「そのくらい標準装備です」


 多かれ少なかれ、そんなもんだと思う。多分。


「あ、でもいっこだけ聞いていいですか」

「なにかなっ!?」

「なんで手段がセクハラだったんですか?」

「それはもちろん趣味だよっ!!」


 趣味かい。そんな向日葵ひまわりみたいな笑顔で言うことじゃないよね。


「可愛い子って愛でたくなるじゃんっ!?」

「……否定はしません。合意の上でなら」

「嫌がるところも可愛いと思うんだよねっ!!」

「それは趣味が悪いと思います」

「にひ。私もそう思うかなっ!!」


 やっぱ分かっててやってんのね。タチ悪いなーこの人。


「……ま、とりあえずお菓子置いてくんで、皆さんでどうぞ」

「ありがたく頂くねっ!!」

「はい。んじゃまた」

「今度は私室に遊びに来てねっ!!」

「ぜってぇ行きません」


 今日一番の笑顔でお断りした。


 ……とりあえず、あれで反省してくれりゃいいんだけどなー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る