第82話


 目が覚めると知らないベッドに寝かされていた。

 ……治療院? にしては、治療用の道具とか女神教のシンボルマークがない。

 どこだろ、ここ。



「ああ、気が付きましたか」



 声を掛けられ初めて、すぐ側に人がいる事に気が付いた。

 黒髪で目が細い爽やかなイケメン。



「キョウスケさん?」

「はい。キサラギキョウスケです。お加減は如何ですか?」

「……あの、何ともないのが怖いんですけど」


 主に金銭的な意味で。

 どんだけポーション回復薬使ったんだろ、これ。

 いやまあ、今の私ならたぶん払えるだろうけども。


「ああ、大丈夫ですよ。ポーションの類いは使っていませんから」

「……あ、そうか。『時を殺す癒し手デウスエクスマキナ』」

「正解です。怪我は完全に治っているとは思いますが」


 言われて右手を見ると、怪我なんて少しも見当たらなかった。

 英雄の加護、すげぇ。


時を殺す癒し手デウスエクスマキナ

 時間を巻き戻して怪我なんかを無かったことにする加護だと聞いたことがある。

 英雄の中で一番反則チートな加護だと思ってたけど、それを体感する時が来るとは思わなかった。


「ありがとうございます。それで、ここどこですか? 私どのくらい寝てました?」

「闘技場の救護室ですよ。だいたい一時間といったところです」

「うわ。ご迷惑お掛けしました」

「いえいえ。しかし、無茶なことをしますね。まるでアレイさんだ」

「う。いや、何て言うか……ノリで」


 あまり深い考えがあった訳じゃ無い。

 ただ、英雄らしくって思ったら、ついやっちゃったってのが正しい。


「アレイさんにもよく言ってましたが……あまり無茶はしないようにしましょうね」

「や、流石にあの人ほどぶっとんでないです」

「………。まあ、無茶をしないと言うなら結構です」


 何ですか、その意味ありげな間は。

 いくら何でも私はあそこまでぶっ飛んでないと思う。


「ああそうだ。お知り合いの方が控え室でお待ちですよ」

「あ、そうなんですか。お世話様でした」

「はい。お大事に」


 今度改めてお礼に伺うとして、とりあえず控え室に急ぐか。



「オウカさんっ!!」


 控え室に戻ると、エリーちゃんに飛び付かれた。

 鳩尾みぞおちに頭がクリーンヒットして地味に悶絶する。


「ぐふぁっ!? ……えーと。ただいま」

「……無茶しすぎです」

「あはは。でも、勝ったよ」

「はい。おめでとうございます!」

「ありがと」


 頭をわしわし撫でる。

 あー。癒されるわー。このままモフりたいわー。


「……あの。お加減は如何ですか?」


 掛けられた声に振り返る。

 栗色の髪に透き通るような肌、愛らしい顔立ち。

 先程まで戦っていたリリアさんが、困り顔で腕を組んでいた。


「え、リリアさん? あ、どうも。大丈夫です」

「何ともなさそうですね。良かった…」

「ええと、ご心配おかけしました」


 ぺこりと頭をさげ、右腕で作れもしない力こぶを作ってみせる。


「貴女は勝ったのですから、英雄らしく堂々としてください」

「英雄らしくと言われても……私はただの町娘なんで。柄じゃないです」

「……本当に、アレイさんみたいな事を言うんですね」

「えぇと……そうなんですか?」


 何か感慨深そうに言われてるけど、全く意識してないし。

 てか、何でアレイさん? さっきもキョウスケさんに似たような事言われたけど……

 全然似てなくね?


「……私、そんなにアレイさんに似てます?」

「所々似ています。まるで親子みたいですよ」


 いや、待とうか。


「私そんなに幼くないんだけど……」

「え。失礼ですが、お幾つですか?」

「こないだ十五になりました」

「……あら、まあ。そうなんですか… ごめんなさい」

「悪意がないのタチ悪いわ……」


 あとエリーちゃんも何気に驚いてるけど、何でかな?


「ねえ待って。度々言われるけど、私そんなに幼く見えるの?」

「……遠慮無く言わせていただくと、エリーさんより少し上くらいかと思っていました」

「あの……私も」

「ほう。どこ見て判断したか聞かせてもらえるかな?」

「どこと言われましても……その、愛らしいと言いますか」

「だっての方が大きかったし……」

「ねえこれ、私泣いていいよね?」



 かつて無いレベルの精神攻撃メンタルシュートくらってんだけど。

 ちょっと申し訳なさそうに言わないで。むしろダメージ増してるから。


 くっそう。成長期が遅いだけだし。



 いや、とりあえず、この話は止めよう。

 精神衛生上、大変よろしくない。


「あ、そだ。一般の部優勝ってことは、明日の英雄の部にも出場しなきゃなんないんですかね」

「通常であればそうなりますね」

「通常であれば?」

「事情があって出場できなかったり、参加を辞退した場合は準優勝者が出場する決まりです」


 ……ほほう。辞退、できるんだ?


「因みに、リリアさんって何で武術大会に出たんですか?」

「私はアレイさんともう一度戦いたくて、ですね。こんな機会でもないと相手をしてくれないので。

 なので、可能であれば譲っていただきたいと思ってお待ちしていました」

「……なるほど? 実は私、明日は屋台巡りとかお店の手伝いがしたいなーとか、思ってたりするんですよね。

 英雄と戦うなんて私には荷が重いんで」



 て言うかぶっちゃけ面倒臭い。

 それに、怖いし。

 何でただの町娘が救国の英雄と戦わなきゃならないのよ。


「あら、奇遇ですね。私は明日一日予定が空いています」

「それはそれは。因みに辞退って誰に伝えたらいいんですかね?」

「仮に辞退されるならカノンさんが一番かと思いますよ」


 ……なるほどー?

 つまりはまー、そういう事だね。


「……あ、私、ちょっと用事を思い出しました」

「そうですか。関係ありませんが、カノンさんならまだ実況席にいらっしゃるかと思います」

「ご丁寧にありがとうございます。エリーちゃん、ちょい待っててね」

「……オウカさん、悪い顔してますよ」

「いやぁ、そっかなー。私はいつも通りだよー」


 ただ、私は別に目的があって参加した訳じゃ無いんだし、辞退して問題が無いならそうしたいってだけなんだよね。

 戦うのも別に好きな訳じゃ無いし。

 それに、リリアさんやる気だし。


 さぁて、実況席はどっこかなー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る