第70話
まずは定番。一口大に切った赤身魚をフライにして、ビネガーソースでさっぱり仕立てに。
揚げ物は人気だけど偏り過ぎると体に良くないので、他は違う調理法で。
淡白な白身魚はワイン蒸し、塩焼き、ハーブ煮でバリエーションを揃えてみる。
全体的にさっぱりと。魚の旨味が強いので薄味でも大丈夫。
名前も知らないおっきい魚は、オーブンを丸ごと使って塩釜焼きにチャレンジしてみた。
これ、見た目が豪華でちょっと面白い。
ちゃんと割る用の小さなハンマーも用意済だ。
小魚は潰して混ぜてハンバーグに。
こうしてやれば骨ごと食べられるから栄養価も高い。
魚なのにこってりした味付けなので進んで食べてくれるだろう。
色々な種類の貝はじゃがいもとミルクと一緒に殻ごと煮込んで、とろみのあるクラムチャウダーを大量に作った。
これはお昼では出さず、夕飯や夜警の人用だ。
まだ夜は冷えるのでこいつで温まってほしい。
ともあれ。まずはお昼ご飯にしよう。
おーい、できたよー。
魚尽くしはそこそこ好評だった。
普段あまり魚を食べる機会がないのもあって、物珍しさがあったのかもしれない。
特に塩釜焼き。
塩釜を割って5分で全部無くなった。
他の料理もそこそこの早さで減っていき、20分後にはデザートのミルクプリンまで綺麗に食べ尽くされた。
……毎度思うけど、この人たち普段からちゃんとご飯食べてるんだろうか。
四十人前作ってたのにこの早さで完食されると、大分心配になってくるんだけど。
いや、みんないい大人だし大丈夫だろうけどさ。
「オウカちゃん、結婚しよう。毎日ご飯作ってほしいわ」
「お姉さん、またですか。考えとくんで、手ぇワキワキすんのやめてください」
「ちぇっ。でも前向きに考えておいてね」
「同性は結婚出来んでしょうが」
「……アイツ、ロリコンだったのか」
「おい誰だ今の、出てこい。私はロリじゃねぇ」
拳銃を抜くと、全員揃って黙りやがった。
ちょっとした教育的指導の後、受付に行って依頼書の束をぺらぺらとめくってみた。
今は常駐依頼しか無いっぽい。
掲示板にも特に気になることは書かれてないなー。
んー……それなら今日はお休みでいいかもしんない。
幸いな事に蓄えはそれなりにあるし。
ちょっと街をぶらぶらしてみよっかな。
……あ。昨日の偽英雄の話、するの忘れてた。
グラッドさんを捕まえて、事の経緯を話してみた。
「……お前な。そういうのは昨日の内に言っとけ」
「ごめん。昨日は帰って来てそのまま寝ちゃってたわ」
「お前と言う奴は……しかし、また街道か」
「そなんだよね。普通の魔物じゃないと思うし、何かあんのかな」
今のところ、街道沿いが二連続だ。
あ、でも最初奴は遺跡か。微妙なとこだな。
「巡回の依頼を出す訳にもいかんしな。こりゃあ、城に報告を上げなきゃならんか」
「え。てことは、騎士団に話が行く、よね?」
「……まあ、お前はまた呼び出しだろうな」
「うげ。まじか」
いや、城って言うか英雄に助けを求めるのは正しいとは思うけどさ。
レンジュさんと一人で会うのは、正直避けたい。
あの人の場合、冗談なのかガチなのか分かり難いんだよ。
微妙に対応に困ると言うか……どっちにしても、セクハラだめ、絶対。
「とにかく、城に報告はしておく。覚悟はしておけ」
「ふぇーい」
まー考えても仕方ないし、心の準備だけしておくか。
どうせあの人からは逃げられないし。速さ的な意味で。
「あぁ、それはそうとだな。お前、店を持つ気はないか?」
「……は? お店?」
「食堂だとか、屋台だとか。そういった店を構えるつもりはないのかという話だ」
「いや、あるわけないじゃん」
何をいきなり。ただの町娘がお店やるわけ無いでしょ。
私にできるのはパン屋の店番とか仕込みくらいよ。
「そうか。いや冒険者の一部から嘆願書が届いていてな」
「たんがんしょ? 何それ」
「早い話が、金払ってでもお前の飯が食いたいんだとよ」
「……はあ? なんで?」
「お前の作った飯が好きなんだろ」
……よく分からん。
そんなに料理が上手な訳でも無いと思うんだけど。
何なら宿屋のおばちゃんの方がよほど美味しいご飯を作るし。
分かんない、けど。ふむ。
「理由はともかく、食べたがってる人がいるのね?」
「居ると言うか……王都を拠点にしてる冒険者のほぼ全員がそうだな」
「いや、さすがに全員分は手が足りないけど」
けど……んー。なるほどなー。
「条件によるかなー」
「ほう? どんな条件だ」
「お店は無理だけどさ。毎日幾つかお弁当作るってのは出来ると思う。そんで、それを相場より高く売ってほしい」
「ふむ。それは構わんが、理由を聞いていいか?」
「私自身は材料費もらえればいいんだよね。
で、ギルドの隅の方とか貸してもらって、残りは王都の孤児院から売り子を雇いたいんだけど」
シスター・ナリアの教会への仕送りは、冒険者としての稼ぎだけで何とかなる。
でも、王都にだって孤児院はある。
戦争は終わったけど、死んだ大人が帰ってくる訳じゃない。
この国は、どこも孤児で溢れている。
そんな中、私がいきなりお金だけ送りつけても、一時しのぎにしかならない。
私が居なくなったら元の状態に戻っちゃうし。
それならいっそ、ある程度の年齢になった子ども達に働いて貰えばいい。
文字が読めて簡単な計算が出来れば売り子としてどこでも雇ってもらえる。
だったら、文字を教えて、計算を教えて、仕事のやり方を教える。
そうすれば、もし私が居なくなっても他の仕事に就くことができる。
とは言え、流石に全部は無理だ。
私の手はそんなに大きくないことは私自身が一番分かってる。
それでも、最初の一歩くらいは後押しできるかもしれない。
どうせやるなら、子ども達に生きる方法を教えてあげたい。
私がそうしてもらったように。
「てな訳でさ、協力してくんない?」
「ふむ。そうだな、やってみるか」
「ついでに、先生役にギルド職員も巻き込みたいんだけど、いい?」
「……分かった。好きにやれ。ただし、無茶はするなよ?」
無茶。無茶かー。無茶ねー。
「あー、うん。ごめん、無茶すると思う」
「よし分かった。無茶する前に相談しろ。いいな?」
「おっけ。がんばる」
「不安しかないが、まあいい。孤児院の方は紹介状を書いてやる。ギルドの連中には自分で話せ」
「ん、ありがと」
よし。じゃあまずは、晩御飯の用意でもしちゃいますか。
難しい話は、美味しいご飯の後にしよう。
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