第55話


 卵に牛乳と砂糖とバニラを入れて混ぜ、布でした後、器に入れて鍋で蒸し焼きにする。

 蒸してる途中に苦めのカラメルソースを作っておいて、これは後からかける為に冷やしておく。


 普通のプリンだと卵の臭みが気になるって人がいるけど、バニラを入れると甘い香りで覆われるのであまり気にならないのだ。

 更にホイップした生クリームに、今が旬のイチゴを添えて完成。


 オウカ特製プリンである。

 バニラがなかなか手に入らないので、教会では幻のメニューと呼ばれていた程の人気おやつだった。



 で、今回たくさんバニラが手に入ったので、調子に乗ってたくさん作ってみたところ。

 冒険者やギルド職員をメインに争奪戦が勃発した。


 私は自分とお裾分けのがあればいいから、後はみんなで食べてくれると嬉しい。

 うん、大丈夫だから、私を巻き込まないでね。




「そんな訳で、お裾分けのプリンです」


 お邪魔してるのは、既に見慣れてしまった王城の応接間。

 お土産を持って逃げてきたとも言う。


「ありがとうございます。冒険者ギルド、大丈夫ですか?」


 ほんのり上機嫌なカノンさんに、お土産のプリンを渡す。

 なんか、普段は美人系だけど今日は可愛いな。


「大丈夫じゃないので逃げてきました」

「……なるほど。ゆっくりしていってください」

「どうも……ところで、レンジュさんは?」

「ご安心を。皆様まだ戻られていませんので」

「心底ほっとしました」


 どうやらあのセクハラ英雄はいないらしい。とりあえず、一安心だ。


「あ、そだ。今日は聞きたいことがあって来たんですよ。実はビストールでイグニスさんと会いまして」

「四天王のイグニス・フォレンシアですか? お会いしたことはありませんが、懐かしい名前ですね」

「あー。やっぱりそうなんですねー」


 何となくそんな気はしてた。

 あの人、戦いに向いてないように見えるし。


「ただ、彼の作った魔道具には手を焼きましたね」

「あー。確かにゴーレムとか作ってましたね。ただ、悪意とかは全くなさそうなんですよね、あの人」


 普通に気の良いおじ様だったし。

 争いは嫌いだって断言してたしなー。


「なるほど。オウカさんがそう言うなら、一度王城にお招きして話を聞くのもありかもしれませんね。ここなら何かあっても被害は最小限になるでしょうし」

「お。伝えときましょうか?」

「ありがとうございます。ですが、ギルド経由で連絡してもらうから大丈夫ですよ」

「あ、なるほど。了解です」


 流石は国のお偉いさんだ。

 プリン食べて美味しそうに頬に手を当てている姿からは想像できないけど。

 いかん。艶っぽくてつい見惚れてしまいそうになる。


「……何か?」

「や、色っぽいなあと。美人さんは見てるだけで癒しになります」

「いろっ……その、私はそちら方面はちょっと」

「どっち方面ですか。私はノーマルですよ、多分」

「多分、ですか」

「王都に来るまで同世代の子が居なかったんで、ぶっちゃけ意識した事もあまりないです」


 正確には、居たけど交流が全くと言って良いほど無かった。

 みんな私のことは基本的にガン無視だったし。

 小さな町だからね。この黒髪黒眼は悪い意味で眼立ちすぎたんだろう。


「なるほど? ええと、つまり、同姓もいけるかもしれない訳ですか?」

「……さあ。あまり興味はないですけど。気になるなら試してみます?」


 手をワキワキしながら聞いてみる。

 恋愛的なものはあまり分からないけど、その大きなお胸は興味がある。

 ちょっとくらい分けてほしい。


「遠慮しておきます。この身はお兄様の為にあるので」

「……おっと? カノンさんも大分アレですね」

「アレとはなんですか。お兄様はこの世界で最も尊い方なのです」

「ええとまあ、コメントは差し控えます」


 ……とりあえず、踏み込むのは止めとこう。

 世の中、触れちゃいかない物もある。割と眼がマジだし。


「あ、そうだ。話変わりますけど、加護の弱点とかって分かります?」

「……弱点、ですか?」

「はい。妙に縁がある例の偽英雄対策に。絵本の知識しかないですが、わたし的にヤバそうなのが三人いるんですよね」

「三人ですか? 『神魔滅殺ラグナロク』と『韋駄天セツナドライブ』、あとお一人は?」

「『堅城アヴァロン』。カノンさんです」


 他も怖いけど、この三人はちょっと別枠だ。


「あら。私ですか?」

「いやまあ、何をしても弾かれるイメージがありますんで」

「まあ、確かに。防ぐという一点だけなら自信はありますが」


堅城アヴァロン』。

 最高度の対物魔障壁を生み出す加護。

 その盾はドラゴンのブレスすら弾くと言われている。

 そんなものが再現されたら私がどうにか出来る訳がない。

 能力だけで言うなら私的にはかなり厄介だ。


「しかし、私自身が把握している弱点は一つしかありませんね」

「え、あるんですか?」

「『神造鉄杭アガートラーム』。あらゆる障害を貫く最強の矛。お兄様だけは止めることが出来ません」


 カノンさん、アレイさんの話する時はすっごい笑顔になるなー。

 可愛いけど、あまり踏み込みたくないところではある。


「……あー。うん。なるほど」

「何せお兄様は魔王ですら撃ち抜いてしまいましたからね」



 ……うん?

 今なんか、めっちゃいい笑顔で凄いこと言わなかった?



「魔王を、撃ち抜いた? アレイさんが?」

「あ……いえ、忘れてください」


 思わず、と言った感じで口を抑えるカノンさん。

 いやいやいや。


「え、魔王倒したのって『神魔滅殺ラグナロク』のツカサさんじゃないんですか?」

「……他言無用でお願いしますね。

 魔王を倒したのは『疾風迅雷ヴァンガード』のカツラギアレイ。お兄様です」


 まじか。あの人、どこが一般人なのよ。普通に英雄じゃん。


「じゃあ絵本とかに書いてあるのって間違いなんですか?」

「はい。どうも魔王討伐時の報告に行き違いがあったようですね。

 魔王を倒したお兄様ではなく、魔王と対等に戦ったツカサ君が勇者となってしまったんです」

「それ、アレイさんは何も言わなかったんですか?」

「気づいた時には既に関係諸国に話が回った後でして……混乱が生じるからと、お兄様が」


 うわ、カノンさんめっちゃ不満そうな顔してる。

 どんだけアレイさんの事好きなんだ。


「お兄様の『疾風迅雷ヴァンガード』は最弱の加護として有名でしたから、尚更でしたね」

「え、そうなんですか?」

「はい。お兄様が女神に願ったのは『意志を貫く力』ですから。一度決めた事を諦めないというだけの加護で、身体強化等もほぼ無いに等しいものでした」


 うわ。それはまた、なんと言うか。


「……よく戦えましたね、アレイさん」

「誰とも比較できない程に努力されていましたが、常に戦いは怖いと仰られていましたね」


 何故か胸を張って得意気なカノンさん。可愛い。

 しっかし、実はとんでもない人だったのね、アレイさん。

 いやまあ、英雄って時点で普通ではないけど。


「……ああ。すみません、お兄様の話になるとつい」

「いえ、今度直接話を聞いてみたいです」

「オウカさんなら構わないと思いますよ。ただし、本当に他言無用でお願いしますね」

「はい。また今度お土産持って遊びに来ます」

「……できればまたこのプリンをお願いします」

「ふふ。承知しました」


 女同士の密談は夕方まで続けられた。

 帰宅後、争奪戦勝者のリーザさんに特製プリンの感想を延々語られた。

 リクエストを頂いたので、また今度作ろうと思う。


 ちなみに、まだ幾つか残ってるのは内緒だ。



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