第27話


◆視点変更:カツラギアレイ◆



 響く龍の咆哮。空気が揺れる。

 一声で大気中の魔力が荒れ狂う。

 咄嗟に腕で顔を庇うが、風圧で体が少し退けられた。


 奴が翼を拡げた。不味い、空に逃げられる。


蓮樹れんじゅ!!」

「ほいほーいっとねっ!!」


 陰から飛び出した蓮樹が黒髪を靡かせ、ドラゴンの右翼を斬り飛ばす。

 バランスを崩し、その場に墜落。地響きと共に凄まじい砂煙が舞い上がった。


 好機。


「起きろ、『神造鉄杭アガートラーム』!!」



 蒼い魔力光を纏い、右腕に顕現する俺の相棒。

 銀色の手甲。肘から手の甲まで張り出した、巨大な鉄杭。

 肩から背面にかけて並んだ噴出口バーニア


神造鉄杭アガートラーム』。

 女神が寄越した最高に使い勝手の悪い加護。


「行くぞ……!!」


 背部のバーニアを噴かし、空中に飛び出す。

 全速全開、出し惜しみ無しだ。


 視認が難しい程の恐ろしい勢いで、景色が背後に吹っ飛んで行く。

 ドラゴンの巨体が急速に近付く。


 ーーー『装填セット


 龍が口を開き、空気を吸い込みだす。ブレスの前兆か、不味い。

 バーニアを噴出、上に直角に跳ね上がる。

 直後、眼下を炎が埋め尽くした。

 あんなもの、当たったら一堪りもない。


 だが。



 ーーー『神造鉄杭アガートラーム : 魔力圧縮完了トリガーオン



 ブレスは強力だが、一度吐いてしまえば二度目までに時間がかかる。

 斜め下に爆発加速、撥ね飛ばされたように突っ込む。

 悪いが、こっちも余裕は無い。

 すぐに終わらせる。



 ーーー『裁きの鉄杭アガートラーム・バンカー : Ready?』


「くれてやる……!! 持っていけ……!!」



 龍種の咆哮に勝る程の轟音を打ち鳴らし、


 ドラゴンの翼の間、背中の真ん中を撃ち貫いた。




 反動で弾き飛ばされる。

 受け身を取るが、勢いを殺せず地面を転がった。


「ぐ……いってぇな、おい」

「ちょっとアレイ、大丈夫かなっ!?」

「おう……生きてるぞ」

「ほらほらっ!! 次が来るよっ!!」

「くそったれ……休む暇もありゃしねぇ……!!」


 飛んできた火球から逃げるためにバーニアを起動、空中に躍り出る。


 あいつらは、賢い。

 蓮樹が空中で加速できない事を分かってやがる。

 飛べば一方的に攻撃出来ると理解している。

 たかがデカイ蜥蜴の癖に生意気な。


「蓮樹、下は任せた!! 空は俺が叩く!!」

「あいあいさっ!! 死なないでねっ!!」

「お前もな!! さあ、やるぞ!!」




 魔王国ゲルニカ最北端、龍の谷。

 ここを抜けた先に、あの子どもの母親を救う薬草がある。


 引き受けるんじゃなかった。

 怖い。ドラゴンなんて見るのも久しぶりだし、単純にデカいだけでも恐ろしい。

 しかも奴らは空を飛び、炎のブレスを吐く。

 出来れば関わり合いになりたくない。


 だが、子どもが泣いていた。

 幼い子どもが、助けて欲しいと、自分に出せるありったけの銅貨を差し出して。


 引けない理由ができた。

 ならば俺は、ただ突き進むしかない。



 地上は蓮樹に任せておけば問題無い。

 アイツは世界最強の一人だ。ドラゴン程度簡単に討伐できる。

韋駄天セツナドライブ』。

 地を蹴る度加速し、任意の摩擦を無くす加護。

 音速を越える蓮樹を捉えられる者などいない。


 問題は、空だ。

 飛んでいるドラゴンを相手取るには、こちらも空を飛ばなければならない。

 蓮樹がどれだけ速かろうが、空を飛べない以上、攻撃が届かないのだ。

 だとすれば、俺がやるしかない。

 仲間内で最弱の俺が、頑張るしかないのだ。


 ちくしょう。もう少し、楽な生き方をしたいものだ。



「アレイ!! 薬草あったよ!!」

「採取は任せた!! 俺はこいつを……撃ち、貫く!!」



 轟音。ドラゴンの咆哮か、神造鉄杭アガートラームの咆哮か、既に区別が着かない。

 もうに何匹墜としたのかすら分からない。

 ただひたすら前へ。どうせこれしか出来ないのだ。出し惜しみはしない。


「こいつも……もっていけ!!」


 轟音。また一匹、地に墜ちた。

 そろそろ不味い。俺の魔力は元々常人より少ない。

 節約してはいるが、いい加減底をつく。


 まあ、元から行きの分しか考えていたいなかったからな。

 当然と言えば当然か。



「蓮樹、その薬草を持って先に戻ってろ。俺はこいつらを足止めする」

「はぁ!? アレイ、魔力尽きそうでしょ!? どうやって帰るのさっ!!」

「頼む。約束したんだ」

「……全速力で戻って来るから。絶対生きててよ?」

「ああ、約束だ。約束は、守る」



 虚勢を張る。負傷した背中が焼けるように痛む。

 約束。それは、果たさなければならないもの。

 ならば、死の間際まで足掻いてやろう。

 俺の命は安いだろうが、約束は重い。

 簡単には死んでやれない。


 覚悟を決めろ、葛城阿礼。生き残れ。

 約束を果たすために。


 歯を食いしばって、立ち上がった時。



「……お兄様? こんなところでメロドラマですか?」

「本当に変わりませんねぇ……」

「ふはははは!! いにしえの蜥蜴どもよ!! 我が闇の魔力の前に平伏すが良い!!」



 不意に背後から聞こえた懐かしい声。

 視線を向けると、逆光の中に見慣れた人影が三人分。

 救国の英雄達が、そこにいた。



 脱力。体が傾ぐ。


「……は。なんだ、やっぱ俺の事好きだろ、あんた女神様

「アレイっ!? ちょ、おーいっ!? まだ寝ちゃダメだってばっ!!」



「蓮樹さん、魔力欠乏で昏睡したんだと思いますよ」

「……げ。カノンちゃん」

「今回は逃がしませんよ」

「キョウスケも。なんで居場所がバレたし……」


「ふはははは!! 来たれ怨嗟えんさ烙印らくいん!! 悠久ゆうきゅう煉獄れんごく!! 

 メテオフォォォォォォォルッ!!!!」


「あー……カエデちゃん、絶好調だねぇ。ドラゴンが虫みたいに落ちてくわー」

「とりあえず、貴女はやるべき事があるのでは? 先に済ませて来ては如何です?」

「アタシがいない内にアレイに変な事したらだめだよっ!?」

「するものですかっ!」

「んじゃ、いってきまーすっ!!」



「全く…お久しぶりですね、お兄様」

「随分と探しましたよ、亜礼さん」

「起きろ我が魂の盟友!! 再開の喜びを分かち合おうではないかっ!!」



 お前ら、うるせぇ。少し寝かせてくれ……

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