第18話


 朝起きたら、土砂降りの雨が降ってた。

 窓から外の景色が全く見えない。

 雨がこんだけ酷いと、街の外はおろか宿の外にすら出ることが難しい。


 と、言う訳で。今日はおやすみです。



 とりあえず荷物の整理をしてみたけど、そもそも大した量を持ってきていないのですぐに終わってしまった。

 本格的にやることが無い。

 ベッドの上をゴロゴロと転がる。落ちる。頭ぶつけた。


 ぬおぉ……超いたい。



 そのまま、大の字になる。

 暗がりの部屋、雨がガラスを叩く音。

 それに混じった私の心音。ゆっくり、鼓動している。



 私が教会に来た日も大雨だったらしい。

 詳しい事は覚えていない。ただ、雨の音が酷かったのだけは覚えている。

 ちょうど、今日みたいに。

 それが私の中の一番古い記憶だ。



 黒い髪に黒い瞳。

 絵本の英雄達と同じ色。

 それは、何故なんだろうか。


 魔力があるのに魔法が使えない。

 制御する為の力が全く無いらしい。

 それは、何故なんだろうか。


 親がいない子達の中で、一際異端だった。

 幼かった私は、それを呪いだと思っていた。


 そして、呪われた子だから棄てられたのだと思った。


 魔力を操作出来ない。

 それは、日常を送る上でデメリットばかりだった。

 簡単な魔石を用いた道具でも、慣れるまで全く使えなかった。

 今でも可能な限り使用しないようにしている。

 あれらは、暴走すると人に害を成す。

 それが怖くて、魔石を使わない生活をしていた。



 その生き方は、今も同じ。


 魔力を流せば温水が出るお風呂。

 外で水を組んできて、自力で湯を沸かす。


 魔力を流せば加熱される鍋。

 火を焚いて鍋をくべる。


 人より時間もかかるし、効率も劣る。

 それでも、誰より努力した。

 私が料理を作れるのもその一端だ。


 生きる為にはお金がいる。

 お金を得るためには働く必要がある。

 だから、必死で努力した。



 読み書きを覚え、料理を学び、計算が出来るようになった。

 食べられる物を覚え、道具の使い方を学び、チビ達を守れるようになりたかった。


 シスター・ナリアから戦闘の基礎を習った。

 学校でこの国の事を習った。

 パン屋の旦那さんにパンの作り方や客商売の基本を習った。


 町の人たちから、たくさんの事を教わった。

 そうやって今の私が出来上がった。



 ツギハギだらけのオウカが出来た。



 それでも、一番肝心な事はわからないまま。

 私は、何なんだろうか。


 私が英雄である筈がない。

 でも、黒い髪に黒い瞳を持っている。

 何もかも分からない私には、オウカという名前以外、確かなものは何も無かった。


 それでも。周りに助けてもらって、今まで何とかなってきた。

 ありがとう。ごめんなさい。

 そんな言葉を心の中で繰り返しながら。



 ああ。雨の日は嫌いだ。

 私が、私でなくなる。

 幼かったオウカが顔を出す。

 泣き虫で弱い子どもの私が。




 コンコン、とノックの音で我に帰った。

 床に転がったせいで汚れた服をはたき落としてドアを開けると、宿のおかみさんが困った顔で立っていた。


「起きてたかい。あんたにお客さんだよ」

「へ? こんな雨の日なのに?」

「いや、それがね。騎士団の人なのよ」

「……騎士団の人が、私に?」


 どうしよう。心当たりがありすぎる。

 けど、犯罪行為を行った訳じゃないし……ここは堂々としておく方がいいだろうか。


「とりあえず会ってみる。一階ですか?」

「ああ、座って待ってもらってるよ」

「ありがと、おばちゃん」


 ホルダーに拳銃を入れ、グローブを付ける。

 髪や服が乱れてないのを確認して階下に向かった。



 下に降りてみると、食堂にもなっているスペースの端っこに、この宿には不釣り合いなおじさんが座っていた

 全身鎧に豪奢なマント。腰に吊るした騎士剣。

 騎士団の正装をしている。


 近づいて行くと、腰を上げて胸に手を当てて、お辞儀をされた。


「王立騎士団のオーガストと申します。オウカさんで間違いないでしょうか」

「はい、オウカは私ですが……」

「副騎士団長から出頭願いが出ています。本日のご都合は如何でしょうか」


 は? 副騎士団長さん? なんでそんな所から呼び出しくらってんだ、私。


「ええと。どんなご用ですか?」

「詳細は私も知らされておりません」


 微動だにせず、じっとこちらを見続けるオーガストさん。

 むう。どうしたもんか。

 副騎士団長ってことは、王城に行かなきゃならないんだよね?

 そんなとこ、怖いから行きたくないんだけど。


「……あの、それって断ったらどうなります?」

「どうにもなりません。私が困るだけです」


 きっぱりと断言された。

 んーむ。雨の中わざわざ来るだけでも大変だったろうしなあ。

 断る理由も今のところは無いし……しゃーない、行ってみるか。


「分かりました、行きます。今からですか?」

「有難う御座います。可能な限り速くと聞いております。馬車を用意してありますので、そちらへ」

「……あの、仮にですけど。王城に着いた後に私が逃げたとして、オーガストさんに迷惑かかりますか?」

「着いた後であれば問題ないです。でも大丈夫ですよ、副騎士団長の人柄は私が保証します」

「んー……分かりました。とりあえず、着いてから考えます」


 よし。最悪の場合、逃げるか。


 簡単な身仕度を済ませ、宿屋の前に止めてあった豪華な馬車に乗り込む。

 王都に来る時に乗ったやつより小さいけど、なんかめっちゃ装飾されてて、大雨の中でも立派なことは分かった。


 とりあえず貴重品は持ってきたし、最悪空飛んで逃げよう。

 そんな事を考えながら馬車に揺られていると、すぐに目的地に到着。

 ユークリア城。人族最大のお城だと聞いたことがある。

 確かにひたすら大きい。お城だけで小さな村と同じくらいの広さがあるんじゃないだろうか。


 その城の城門を抜け、正面の入口で馬車が止まった。

 促されるまま降り、王城の中に入る。


 中は中で、なんか凄かった。

 真っ白な壁には照明用の魔導具が等間隔に並んでいて、その間にたくさんのドアがある。

 向こうの壁までどのくらいの長さがあるんだろ。走り回れそうなくらい広いなー。


「こちらです。どうぞ」

「あ、どもです」


 オーガストさんに連れられ廊下を進む。

 うわ、敷いてある絨毯がもふもふだ。きっと高級品なんだろうなー。

 あ、鎧が飾ってある。重そうだなこれ。私が着たら動けそうにないわ。



 しばらくキョロキョロしながら着いて行くと、オーガストさんが扉の前で止まった。

 コンコンとノックすると、入室の許可を告げる男性の声。


「どうぞ。お入りください」

「オウカさん、中へ。私はここで待機を命じられています」

「あ、そうなんですね。案内ありがとうございました」


 ドアを開いて中入ると、三人の男女がソファの前に立っていた。


 オーガストさんと似た全身鎧のおじさんがたぶん、副騎士団長なんだろう。

 けど、それより。両隣に立ってるふたり。

 長い黒髪に切れ長の黒眼を持つ美人さんと、やはり黒髪黒眼のイケメン神父さん。


 え、本物? 黒髪黒眼って……英雄?


「お呼びだてして申し訳ない。私が副騎士団長のジオスです」

「……どうも、オウカです」

「オーガを討伐したと聞きましたので、一度お会いしたいと思っていた次第です」

「なるほど……で、こちらのお二人は?」


 まあ、予想はつくけど。たぶん、こっちの二人が呼び出しの本命だ。


「僕はキサラギキョウスケです。こちらはカツラギカノンさん。聞き覚えくらいはあるかと思いますが」

「絵本の知識しかありませんけど、『時を殺す癒し手デウスエクスマキナ』と『堅城アヴァロン』ですよね」



 五年前、異世界から召喚され、魔王を倒し世界を救った十英雄。

 それは絵本にすらなっている、実際にあった出来事だ。

 その英雄達の内の二人。

  神の奇跡のようにあらゆる傷を治す英雄と、龍のブレスすら弾き返す防御魔法を使う英雄。

 絵本に描かれていた姿形、そのままだ。


 え、てか何だこの状況。中々に意味がわからないんだけど。

 何でいきなり英雄なんかとお話してるんだろうか。


「では率直にお訪ねします。貴女は何ですか?」


 お姉さん……カツラギカノンさんが口を開く。なんかちょっと圧を感じるな。

 しかしまた、えらくタイムリーな事聞くなあ……何って言われても、なんだろね。


「……すみません、質問の意味がわかりません」

「召喚された訳ではないのに、私たちと同じ黒髪。それは通常あり得ない事です」

「えーと。私は孤児なので、生まれに関しては全く分かりません」


 それも含めて王都に確認に来たんだし。

 だからそんな怖い目で見られても困る。


「そうですか……では、どうやってオーガを?」

「んーと。十英雄の人からいきなり拳銃が届いたんです。喋る指輪とセットで。それで戦ったりしてます」

「……喋る指輪、ですか。となると、リュウゲジさんでしょうか」

「名前は分かりませんが、アスーラに住んでる方だって聞きました」

「リュウゲジさんで確定ですね。しかしまた、何でそんな事を……?」


 ふむ、なるほど。

 送り主はリュウゲジさんと言うらしい。

 確かリュウゲジマコトだっけ。

 十英雄の一人、あるとあらゆる道具を創り出す、『万物を司る指先パンドラ』の二つ名を持つ英雄。

 その人が、私が会うべき人か。


「それを知るために王都に来ました。既に手紙は送ってあります」

「なるほど。ではもう一つ。貴女はその力で何をしたいですか?」


 ……うん? どういう意味だ?

 何をしたいかって言われても。


「特に何もないですかね。あ、料理には便利ですけど、でも無いなら無いで構いませんし」

「オーガを単体で倒す力を持っているのにですか?」

「あれは成り行きと言うか……たまたま見掛けて、出来そうだから戦っただけです。

 冒険者も滞在費を稼ぐためにやってるだけですし」

「……なるほど。悪意はないようですね。失礼致しました」


 カツラギカノンさんがニコリと笑う。やっぱり美人なお姉さんだなー。お持ち帰りしたい。

 て言うか、やっぱり釘を刺しに呼んだのね。

 別にいいけど……んー?

 何か、隠されてる気がするんだよなー。


「あ、そうだ。そのリュウゲジさんと連絡取れたりしますか?」

「いえ、申し訳ないですが、こちらから連絡を取るのは難しいです」

「そですか。じゃあ待つしか無いのかな」

「そうなります。ごめんなさいね」


 ちょっと困り顔で謝られた。

 や、別にカツラギカノンさんが悪いわけじゃないんだけどなー。


「いえ、元々返事を待つつもりだったので」

「もし連絡が来たら伝えておきます」

「あ、お願いします。助かります」

「はい。今日お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、こちらこそ。ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げる。

 しかしまー。英雄って美男美女しかいないんだろうか。

 ちょっとだけ得をした気分である。



 退室して、考える。

 ジオスさんやキサラギキョウスケさんは最初しか話さなかったけど、ずっと私を観察してた。

 あれは物珍しさではない、私の内面を探ろうとする目付きだ。


 なんなんだろね。戦闘力が異常って自覚はあるけど、十英雄様が絡んでくる話になるとは思えないんだけど。

 何となく、また会うことになるんだろうなー、なんて思いながら、帰りの馬車に乗り込んだ。




「良い娘でしたな」

「ボクも表情を読んでいましたけど、あの娘、嘘は一切吐きませんでしたね。堂々としていましたし、メンタル強いですねえ」

「……全く、次から次へと問題が沸きますね」

「そういうものですよ」

「はぁ……私も旅に出たいです」

「王国が崩壊するので止めてくださいね」




 宿に戻るとおかみさんにめっちゃ心配された。

 問題ない事を伝えて部屋に戻り、ベッドに横になり先程の事を考えている内に、いつの間にか眠ってしまっていた。

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