第8話


 再び戻ってきた冒険者ギルドの受け付け前。

 さっきと同じ美人のお姉さんがカウンター奥に立っている。


「おう、リーザ。この嬢ちゃんの登録頼むわ」

「承りました。文字は読めますか?」

「はい、大丈夫です」

「でしたらまず、こちらを読んでください」


 ええと、なになに、冒険者ギルド規約?

 ……いや、ギルドに不利益が出る行動を控えるってのは分かるんだけどさ。

 出来るだけ悪いことをしません、って、なにこれ。



「それですね、細かく書いてもみんな読んでくれなくって……」

「あー、なるほど」

「その二つを守ってね。後はこちらに記入をお願いします」


 なんか、手のひらより少し大きなサイズの白い板渡された。

 なんだこれ、と思ってると、板に文字が浮かんでくる。

 おお、凄い。何かの魔法かな。

 あ、記入だっけ。

 えーと。名前、性別、年齢……え、こんだけ?


「お姉さん、項目みっつだけ?」

「ええ、それだけよ。賞罰なんかは勝手に浮かんでくるの」


 おー。めちゃ便利。じゃあオウカ、女、15歳、っと。

 これでいいんかな……おおお? 今度は文字が消えた。魔法、凄いな。


「はい、ありがとう。板はこっちにくださいね」


 板を返すと、代わりに銅色のプレートを渡された。

 あ、私の名前書いてある。ほうほう。


「これで登録は完了よ。最初は採取依頼とか受けてみるのがいいと思うわ」

「え、終わり?」

「これで終わり。悪い事したらそのプレートに出てくるから気を付けてね。

 そこに依頼書の束があるでしょ? 右側が採取、左側が討伐よ」

「じゃあこの右側のやつね。えーと」


 依頼書の束をパラパラと捲ってみる。

 ああ、この草知ってる。切り傷に効くやつだ。

 こっちは打ち身のやつ。お、解毒草とかもあんのね。

 これを書かれてる数分揃えて持って来ればいいのか。


「じゃあこれ、貰ってくね。ちょっと集めてくる」

「無理はしないようにね。街道沿いでも魔物は出るから」

「ありがとう。いってくるね。グラッドさんも、ありがとね」

「はい、いってらっしゃい」

「わかんねぇ事はリーザに聞きな。頑張れよ」

「はーい」


 数枚の依頼書をバッグに詰めて、二人には見送って貰いながら、意気揚々とスイングドアを開ける。


 ……うーん。しかし、来た時は冒険者になるなんて思っても無かったな。

 まあそれを言うなら数日前は王都に居るなんて夢にも思わなかったけど。

 人生何があるか分かんないもんだね、ほんと。


 まーとりあえず、森の方探してみるか。



 街門を出て一時間くらい歩くと森が見えてきた。

 木の背が低いし、あまり大きな森じゃないみたいだ。


 森に入ってすぐさま依頼の草を見つける事ができた。でも、量が足りない。

 この草、群生するはずなんだけど……動物が食べちゃったのかな。

 んー。しゃーない、他を探すか。


「――提案:検索機能を使用しますか?」

「うわっ!?」


 いきなり声を掛けられて、思わず飛び上がりそうになった。


「え、なに、リング? 検索って?」

「――回答:該当アイテムの場所を検索できます」


 おお。なんか便利そうじゃん、それ


「そんなん出来るんだ。じゃあお願いしていい?」

「――受諾:検索……完了。案内開始。前方に進んでください」

「こっち?……おお、あったあった」

「――案内:次は目の前の樹を右です」

「ええと、樹を右……あ、打ち身に効くやつみっけ」


 この調子で探索を続け、僅か十分程で依頼の薬草を集めた終わってしまった。

 ふむ。この子、かなり役に立つのではなかろうか。

 道に迷ったらリングに聞いてみよう。


「お疲れさん。ありがとね、助かったわ」

「――検索を終了します……警告:後方注意。魔物の反応があります」

「え、うそ、どこ?」


 慌てて振り返るけど、動くものは何も見当たらない。


「――視認不可:マスターの見ている方向、50m程先にゴブリンが五匹。戦闘音有」


 ゴブリンって、耳が大きくて背が低い、緑色の奴だっけ。よく絵本とか物語に出てくる魔物だ。

 あまり強くは無いけど見た目の割に頭が良くて、群れると厄介なんだっけか。


「……てか、戦闘音って、誰かが襲われてるってこと?」

「――肯定:可能性が高いです」


 まじか。後は帰るだけって思ったんだけどな。

 ……ちょっと怖いけど、でも気になるし。様子を見に行ってみようかな。

 でも、その前に。


「リング。戦闘準備、できる?」

「――Yes,my master. Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」


 桜色の魔力光がほとばしる。

 意識が切り替わる。僅かな恐怖は残滓すら残らず掻き消えた。


 拳銃を両手に構え、薄紅色の魔力光を撒き散らしながら、駆ける。

 土の上、木の枝、木の幹。足の着く所は全部、地面と同じだ。

 蹴りつけて、跳ぶ。加速、着地、再跳躍。

 最短ルートを通って目的地に向かう。


 すぐに、ゴブリンの群れを見つけた。

 フード被って座り込んでる女の子と、同じくフード被ってる男の子が居る。木の棒でゴブリンを牽制してるみたいだ。


 なんで森の中に……いや、バスケットに薬草が見えるな。私と同じく採りに来たのか。

 道理で入口辺りに薬草が無かった訳だ。


 再加速、木の幹を駆け、跳ぶ。枝を蹴って加速する。


 あのゴブリン達、剣を持っている。

 数も有利なのに攻撃しないのは、遊んでるからか。

 なるほど。タチが悪い奴らだ。


 ざわりと沸き立つ体。冷たく静まり返った心。

 


 さあ、踊ろう。



 男の子の目の前に降り立つ。

 そのまま先頭のゴブリンの剣を銃底で打ち飛ばし、怯んだところに発砲。

 腹を撃ち抜き、まず一匹。


 いきなりでごめんね。でも、お前らに加減はしない。


 残りの四匹が同時に切りかかってくるが、遅い。

 右手を大きく振りながら、発砲。飛びかかってきた一匹の頭を撃ち抜く。

 そのまま勢いを殺さず回転、左足で迫っていた錆びた剣を蹴り飛ばした。

 そのまま更に回り、屈み込んで足払い。

 よろけた奴を狙い、射撃。狙い違わず眉間を撃ち抜き、距離を取る。


 腰を沈め、構える。左手は前に、右手は逆手にして顔の横に。


 駆け寄ってきたゴブリンの拳を横から叩いて逸らし、後ろから追ってきた奴に向かって蹴り飛ばす。

 衝突。ふらついた隙を逃さずに、銃撃。

 胸から血を吹き出しながら、ゴブリン二匹は揉み合ったまま倒れて行った。


「リング、敵影確認」

「――受諾:探知範囲内に敵対生物無し。鎮圧しました」

「終わりか。了解」


 腰の後ろに拳銃を戻す。

 桜色が解けて行き、空気に混ざり消えて行った。



 ……なんか。すごい動きしてなかったか、私。

 木の枝からぽーんて飛んでたし。

 うーん。凄いけど、本当に大丈夫か、これ。かなり不安なんだけど……


 あ、てか、二人とも大丈夫かな。

 振り替えると、棒を持った男の子はぽかんとした顔でこちらを見ていた。

 こっちの子は大丈夫そうだ。


「おーい。後ろの子、大丈夫?」

「……あ、うん、私は転んだだけだから」


 起き上がりながらスカートの裾を叩いて土を落とし、女の子がこちらに近づいて来た。

 よく見るとまだかなり幼い。二人とも10歳くらいかな。


「うっし。怪我はない?」

「うん……助けてくれてありがとう」

「いんや、たまたま気がついただけだから。それより、自分達で帰れる?」

「ううん。実は道に迷っちゃって……それで、ゴブリンに襲われたんです」

「なるほどね。王都までなら案内できるけど、どする?」

「じゃあ森の入口までお願いできますか?……ほら、ライ君も」

「……あ。うん、ありがとう。お願いします」


 二人揃ってぺこりと頭を下げてきた。うん、よく出来た子達だ。


「ほいよ。んじゃ、着いといでー。リング、案内お願いね」

「――受諾:道先案内を開始します」


 ゆっくり歩きながら後ろをちょくちょく確認する。

 ん。ちゃんと着いてきてるね。えらいえらい。

 男の子が前を歩きながら枝葉を払って、女の子が通りやすいようにしてあげている。

 うん。優しいな、この子。


「俺、ライトっていうんだ。こっちはリイト。あんたは?」

「私はオウカ。ただの町娘よ」

「町娘って……冒険者じゃないのか?」

「いや、ついさっき成り立て」

「そっか……その、助けてもらって悪いんだけど、俺達お礼とか出来ないんだ」

「そうなの。お金がなくて、自分達で薬草採りに来たの」

「……ん? いや、お礼はさっき聞いたし、それで良くない?」


 こっちが好きでやったことだし、私は私に出来ることをしただけだ。

 ありがとうの言葉だけで十分。

 ……てかそれより、今気になること言ったわね。


「薬草採りに来たって事は、誰か怪我したの?」

「うん。お母さんがジャイアントバットに襲われて」

「え、ちょっと、大丈夫なのそれ」


 あのデカコウモリ、けっこう怖いからな。

 羊とか平気で襲うし。鉤爪で引っ掻かれたら結構傷が深いかもしれない。


「今は大丈夫だけど、群れの巣が近くにできたみたいなの」

「うわ。追い払えないの?」

「高い所に巣を作ってるから……」

「あー。退治が出来ないのかー」


 あのでかコウモリ、畑や家畜を狙うから、近くに巣があったら小さな村なら死活問題なんだよね。

 普通なら男の人達で追い払うんだけど……巣の場所が悪いのか。

 それなら普通は冒険者ギルドに依頼出すんだろうけど、お金も時間もかかるしなー。


 ……いや、待てよ?


「……ねえアンタ達さ。ちょっと、村まで道案内してくんない?」

「え、いいけど……なに?」

「ちょっと、悪いこと思いついた」


 ギルド通したらお金かかるなら、通さなきゃいいんじゃん。

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