90、落下




 窓から出て行く煙を見て、誰かが火事に気づいてくれるはずだ。

 問題は、火の広がる勢いが思った以上に早いこと。


(このままじゃ間に合わない……っ)


 私は棚に駆け寄ってペーパーナイフを手に取り、カーテンを切り裂いた。


「何してんの!?」

「結んで紐にする! 手伝って!」


 ペーパーナイフでは切りにくいので、手でびりびり裂いていく。

 すると、窓の外から人声が聞こえてきた。


「おい、煙が!」

「大変だ!」


 ざわざわと、人が集まってくる気配がする。

 私は窓から身を乗り出して叫んだ。


「火事です! 戸口が燃えていて出られないの! 飛び降りるから、下に何かクッションになるものを置いて!」


 それを聞いて、何人かの生徒が慌てて走り出していく。

 切り裂いたカーテンを結んで作った紐を机の脚にしっかりと結びつけ、窓から垂らす。二階の窓付近までの長さがある。


「いい? 紐を伝って降りて、紐が途切れるところで壁を蹴って飛び降りるのよ」


 手を握って言い聞かせると、ニチカはこくこくと必死に頷いた。


「げほっ、こほっ……」

「ごほごほっ」


 煙の勢いが強くなってきた。黒い煙が窓から出て行く。


「おーいっ」


 外から呼ばれて窓の外を見ると、地面に体操の時間に使うマットが敷かれている。

 私はニチカに紐を握らせて窓から出した。


「いい? 壁を伝って、紐が途切れるぎりぎりで壁を蹴るのよ」

「うん……」


 ニチカはぐずぐず鼻をすすりながらも、そろそろと壁を伝い降り始めた。

 二階の窓の上までたどり着いたところで、一度止まって、しばしの逡巡の後で壁を蹴って紐を放した。

 ぼふっ、と、うまい具合にマットの上に落ちる。わーっと人が集まってきてニチカを助け起こした。


 よし。次は私の番だ。


 私は紐をぎゅっと握って、覚悟を決めた。

 壁に足をかけ、そろそろと慎重に伝っていく。当然ながら、かなり腕の力がいるので、普通の令嬢には不可能だったろう。私は雪かきで鍛えていて、ニチカは出前で鍛えていたから出来た脱出方法だ。


(もうちょっと……)


 下を見て、マットの位置を測りながら壁を蹴るタイミングを探る。

 その時だった。


 不意に、がくっと体が落下した。


 紐の先が、窓から落ちてくる。その切り口が焦げているのが見えた。焼き切れたのだ。

 壁から足が離れて、私はなす術もなく紐と一緒に落ちていった。



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