42、ハンカチ




「茨城……じゃなくて、イバラッキ様?」


 校門を乗り越えて侵入してきたのは、ジェイソン・イバラッキだった。


「どうしてこんな時間に……怪我してるじゃない!」


 よく見ると、ジェイソンは顔に怪我をしていた。口元に血が滲み、目の周りが青くなっている。誰かに殴られたようだ。

 手の甲も裂けて血が出てしまっている。


「うるさいな……放っておけ」


 ジェイソンはぶっきらぼうに言って男子寮に足を向ける。


「ちょっと待って! 手当しないと……」

「余計なお世話だ。公爵令嬢が、なんで夜中にこんなところにいるんだ。誰かに見られないうちにさっさと寮に戻れ」

「ちょっと待ってってば!」


 私はジェイソンに駆け寄って、強引に腕を取った。


「おい!」


 ジェイソンが嫌がるのを無視して、私はポケットから出したハンカチを手の甲に巻きつけた。


「血が出るぐらいの怪我をするなんて……喧嘩でもしたの?」

「……ごろつきに絡まれただけだ」


 ジェイソンは手に巻かれたハンカチを見て、決まり悪そうに眉をしかめた。


「夜中に学園を抜け出してふらふらしているからよ。街で喧嘩に巻き込まれただなんて、バレたら反省室に入れられちゃうわよ?」

「……ふん」


 ジェイソンはそっけなく腕を振り払って、寮の方へ歩いて行ってしまった。

 これに懲りて、夜中に抜け出すのをやめてくれればいいのだけれど。


 ジェイソンが去っていくのを見送って、私ははたと気が付いた。

 ポケットに手を入れて、もう一枚入っていたハンカチを取り出す。

 Lの字と雪の結晶の刺繍。これは自分用に刺繍した奴だ。

 っていうことは……


 ジェイソンの手に巻いたハンカチ、ジェンスにあげようと刺繍したやつだった!


「あちゃー……」


 思わず肩を落としてしまった。せっかく刺繍したのに。


 まあ、でも、仕方がないか。

 ジェンスに上げるハンカチはもう一度作り直せばいいや。


 私は溜め息を吐きつつ、女子寮に戻るために踵を返した。なんだか疲れちゃったから、ペンは明日でいいや。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る