京都左京区あやかし猫ばなし

フジセ リツ

化け猫

 京都の北郊、左京区には、化け猫が住む。

 化け猫と言っても、その辺の猫と外見は変わらない。さばとらもいるし、黒猫、三毛猫だっている。尻尾も、何本も生えている訳ではない。かと言って、人間に化ける訳でもない。

 ネズミを見つければ追いかけもするし、日向ぼっこだってする。

 化け猫は、見た目は、至って普通の猫なのだ。


 化け猫は、普通の猫と何が違うのか?

 これは、一般には、あまり知られていない。京都人でも大方の人は知らないだろう。左京区で僅かな人が知っているに過ぎない。

 左京区の比叡麓に伝わる伝統行事に参加する人だけが化け猫の存在を知ることができるのだ。


 私が北山から比叡麓に引っ越して、2年目のことだった。

 町内会に入った私は町内会の組長をすることになった。

 組長と言っても、配布物を配ったり、寄付の集金をしたり、公園の清掃をしたりと言った、いわば雑用係である。


 4月に組長となり日々、つつがなく雑用をこなしていたが、秋風が涼しくなった9月、会長から、神社の祭りの会合に呼び出された。


 9月の第三土曜日の午後8時、集会所には、私も含めて、6人の中年男が集まった。集会所の外からは、秋風とともに、鈴虫の鳴く声が聞こえ、たまに、猫だろうか。にゃー、にゃーと鳴く声が聞こえてきた。


 集会所の座敷に、ごま塩頭の会長を中心に車座となり、それぞれ自己紹介をした。祭りに初めて参加するのは、私と最近、引っ越してきた中田さんの二人だけで、会長は5回、他の人は2,3回参加したことがあるとのことだった。


 会長が言うには、祭りには、表向きと裏向きがあると言う。

 表向きは、一般公開。裏向きは、非公開で、裏向きは、ここに集まった6人ですると言う。

 組長は町内会に、30人位いるはずなのに、私がなぜ、選ばれたのだろう。

 裏向きの祭りは、参加するまで内容は秘密なのだ。私は何かヤバいものでも飲んだり、生け贄を捧げるのかと、背中が熱くなり、大層、不安だった。向かいに座る中田さんをチラ見したが、案外、平気そうな顔をしている。中田さんは確か消防士と言っていた。流石に肝が座っている。会合は、裏向きの内容に触れず、そのまま散会になった。


 さて、10月9日に、表向きの祭りが終わって、10月10日の裏向きの祭りの日がやって来た。

 午後11時、6人の中年男は、集会所の前に集まっていた。

 男たちは、法被の下に白装束を着込み、白足袋に草鞋を履いている。

 会長は、5人の男の顔を見回すと、深く頷き、社の方へ歩き始めた。男たちは、先頭を行く会長に続き、歩き始めた。私も遅れないように、最後尾を進んで行く。

 男たちは、無言である。私は、他の人が全く喋らないので、喋らない決まりでもあるのかと思い、黙っていた。祭りの後、会長に聞くと、そんな決まりはないんだそうだ。


 男たちの列は、社の鳥居をくぐり、社殿の前にやってきた。

 社殿の前には、黒猫がちょこねんと座っていた。猫は、私たちのことを待ち構えていたようだった。

 黒猫は、伸びをすると、にゃーんと、大きく鳴いた。

 神木の上からバサッ、バサッと音がしたかと思うと、大きなトンビが私たちに向かい飛んできて、ちょこねんと座っている黒猫の前に、フワリと着地した。

 黒猫は、ふたたび、にゃーんと鳴いた。

 トンビは両翼を大きく広げ、黒猫にお辞儀するかの如く、頭を低く下げた。

 黒猫は、大きく頷くと、フワリとトンビの背中に飛び乗った。

 私は、息を飲んで、その様子を見つめるだけだった。

 トンビは、背中の黒猫の鳴き声に合わせ、両翼をバタつかせ、神木の上まで舞い上がった。

 トンビは、神木の上をグルグル、何度も旋回すると、比叡山へ向かって飛んで行ってしまった。

 これで、裏向きの祭りは終わりだそうで、6人の中年男たちは、集会所に戻り、酒盛りを始めた。


 会長は、黒猫のことを化け猫と呼んだ。毎年、地区の飼い猫やら野良猫のうち、一匹が、祭り前になると、社に居つき、トンビを操り、飛び回るとのことだった。

 会長は、その前の会長や前の前の会長に、化け猫に、何の意味があるのか聞いたそうだ。


 会長はごま塩頭を掻きながら、「化け猫のことは誰もわからない。化け猫に意味があるのか、ないのか、その質問にこそ、意味がない。ただ、毎年、化け猫になる猫がいるだけ。俺たちはそれを守っていくだけ」と呟いた。




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