Dancers In The Darkness
十六夜にしては暗い街で、二人は小さくステップを踏む。
葉月の梅雨闇は、躍る陰すら映さない。そして石畳を鳴らす足は四つに留まらない。天水が地へと注ぎ、残響が積もる。雨音と足音が織りなす拍を持たない律動は、圧倒的な音数を以て世界を芸術へ昇華させる。
踵が水溜りを抉る。爪先を雨が侵す。袖口が暗く染まる。跳ねた粒が二人を襲う。ぺトリコールは流れへ沈み、川は次第にうねりを増す。
風に吹かれて蹌踉めいた傘が、軋んだ音を僅かに立てる。通り過ぎた軽トラのヘッドライトが、その網膜の奥に真一文字を刻み込んだ。
噤んでいた口が開かれる。雨脚は強まるばかり。何もかも聞こえているのに、何もかも聞こえない。豪雨の喧騒で、君が静寂に沈む。語りかける言葉すら何一つ聞こえない。街灯の無い小径には、君の存在を確かにする光も音も存在しない。
右手には傘、左手には鞄。右側、僕の隣の三センチ、その空間の隣に君。本当にいるかも分らない君。証明するものは今何も無い。
僕は傘を手放した。そのまま右手を伸ばして三センチ。傘は風と共に闇黒へと帰した。指先が二十三度五分に触れる。涼風が火照った頬を撫でてゆく。足音がぴたりと止まる。瞬間、心音が爆ぜる。見えるけれど見えないその口が、雨音の隙間を縫い、確かに僕の鼓膜を揺らす。
冷ややかな金属の感触が掌に触れる。腕に乱れた拍動が絡み付く。一回り小さな傘の下、互いの肩を濡らしながら、足音をぴたり揃えた二人は強雨の内を歩き行く。雨は未だ止まない。
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