溺死

 まだ、藻掻いていた。蝉時雨も聞こえないほどに深く沈みながら。

 大海か沼か、それとも小さな沢の中か。兎角、苦しみに代わりはない。

 吐き出した僅かな酸素は泡沫となり消えた。四肢が生んだ漣は、誰も気づかぬまま消波堤の餌食となった。

 足掻く。藻掻く。然れども沈む。空気を吸おうとして水を飲む。苦しい。殺せ、いっそすぐに殺せ。


 視界が暗く黒くなる。

 光が届かない海底で、水平が、意識が、次第に遠のいていく。


 走馬灯。


 光。

 希望。夢。目指したもの。同じ方を向いていた仲間。


 暗雲。

 不和。危機。生活苦。現実と理想の狭間の苦悩。


 闇。

 絶望。挫折。失恋。中途半端なまま投げ出した。


 せめてまともな死に方をしたかった。


 誰かを救うヒーローになりたかったのに。


 畜生、畜生。


 叫んでも来ないなら、この世にヒーローはいない。






 意識は、そこで途絶える。


 


 

 

 

 

 

 水死体が見つかるまで、残十一時間。

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