星に願いを

 どんより曇るらしい今宵の空に、昨日も見た星空を望めそうにはない。

 バケツを返したような土砂降りの後、午後五時半の街に陽光の気配は無かった。僕は傘を佩いて舗装された道を歩いている。雨水が染み込んだスニーカーがやけに重たい色をしていて、実際重い。

 茹だるような熱風の吹く中を歩いた。部屋に帰れば一人きり。家に篭もりっきりでは身体が錆び付くと出掛けた矢先、この雨である。五百円の出費も元々使っていた傘の骨が錆びていたので必要経費ではあったのだが、それにしても些か気分はよろしくない。私にとって、急な雨とはそれだけで気が滅入るものである。

 帰路の道端の保育所には立て掛けられた笹があった。さっきの一雨で落ちた短冊を踏まないように歩いた。僕も昔はああやって夢を見たものだ。荒唐無稽な物から現実へと近づいていって、……やがて、その紙に手を伸ばすことも無くなった。残酷なものだ。買えるものが増えるほど買えないものがあることも理解する。少なくともこの社会において、人は金で買える夢を欲望と呼ぶ。残念ながら私は、手に入らない夢を無邪気に掴もうとすることすら恥じる大人になってしまった。それを後悔する気は無いが、童心を忘れたようで少々寂しいような気もするのは事実だ。

 帰宅してシャワーを浴びた後、ふと少しだけ空が気になった。夜間着でベランダに出る。蒸されていた空気は幾分か涼しさを取り戻していたが、相変わらず宙は鉛色の厚雲で蓋をされたままでいる。そもそも晴れていたところで天の川がこの街の夜空を彩ることはないのだが。暫く何も考えず佇んだ後、部屋へと戻り部屋を閉め切った。去る年替えたエアコンから少し埃っぽい冷風が吹く。幼子の頃聞いた御伽噺を今も少し心待ちにしている私は、相変わらず他力本願の軟弱者である。全く、叶うのなら一つぐらい私の願いも叶えて欲しいものだ。

 そして、何を叶えて欲しいか考えて、十秒経たずにやめてしまった。私はどうやら、つくづく汚れた大人になったらしい。

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