整頓の為のモノローグ

 叩き起された。


 酷く慌てて、悲鳴にも近いような声だった。


 寝惚け眼の私は、ただ声に急かされるままに歩いた。


 そこにいた。


 手を伸ばして、少し触れた。


 起きたての掌では、何も感じなかった。


 更に伸ばそうとしてやめた。


 触れたらそこで決まってしまうような気がした。


 シュレディンガーの猫は開けなければ分からないから。


 それで、躊躇った。


 けたたましくサイレンが響いた。


 躊躇った手が届くことはなかった。


 慌しく人が入ってきた。


 横目に見ながら、私は部屋に戻った。


 夢を見ているようだった。


 いや、まだ夢かもしれない。


 私は何も聞いていない。


 まだ危篤なだけで、息はあるかもしれない。


 私は何も知らない。


 いっそこのまま、知らないままでいたい。


 現実を振り切るようにパソコンを開けた。


 手馴れた手つきでパスワードを打ち込む。


 ヘッドホンを付けて、それきりである。



 _ _ _ _ _ _



 私は知っている。


 温度を無くした人肌が、どれほどの実感を伴うか。


 臆病者だから、知ってしまった痛みに手は出せなかった。


 後でどれほど後悔するのだろう。


 分からない。


 分からないから、このままでいたい。


 いっそこのまま……、いや、なんでもない。

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