第2話 未知との遭遇⑵





「あと、漢字の名前は読めないので、出来ればひらがなにしてもらえると……」

「何も難しい漢字じゃないよ俺達!!」


嵐山あらしやま 野分のわき」と「風祭かざまつり はる」。どちらも小学校で習う漢字しか使われていない。むしろ、漢字も読み方も「霧原きりはら 日和ひより」の方が難しいだろう、と野分は思った。


「そんなんでよく高校に受かったな……」


 あまりの事態に晴も突っ込みに加わった。


「そうなんだ。オレの親友もめちゃくちゃ心配してくれて、オレの代わりに受験するって言ってくれて……」

「すごいあっさり替え玉受験告白された!!」


 なんの躊躇いもなくさらりとカミングアウトされた不正行為に、入学に関しては人に言えない事情を抱えている野分でさえ冷や汗を掻いてしまった。


「でも、結局オレとそいつじゃ体格が違い過ぎて誤魔化せなく断念したんだ。中学の教師が総出で親友を止めて、すごい騒ぎになったなぁ」


 そりゃそうだ。


「親友を思いとどまらせるために、学校中の教師が受験の過去問を徹底的に分析して傾向と対策を考えて、「とにかくこれだけは覚えろ」って言われたものを、親友が毎日何十回も読み聞かせてくれて、それでなんとか合格できたんだ」


 替え玉受験は断念したようだが、代わりに親友とやらの尋常じゃない献身が明らかになった。


「オレ、昔から物覚えが悪くてアホで、幼なじみの親友がいつも面倒みてくれてたんだ」


 何一つ罪悪感を感じさせない口調で淡々と、それがこの世の定説であるかのように語る日和だが、普通はいくら幼なじみの親友のためであっても、替え玉受験を検討したりはしない。

 日和はさらに続ける。


「でも、そいつは別の高校に行っちまったから、これからはオレ一人で頑張らなきゃいけないんだ。だから、せっかく誘ってくれて悪いけど、オレ……野球のルールが覚えられないから無理」

「えぇ〜……」


 自分のことを堂々とアホだと言い、アホであることを理由に入部を断る日和に、野分は思わず視線を遠くにさまよわせた。


「そういうわけだから……ごめんな」


 現実逃避しかけた野分だったが、日和が詫びながら踵を返そうとしているのに気付いて慌てて呼び止めた。


「待って! キミがアホでも構わない! 野球部に入ってくれ!」


 彼がいかほどアホなのかはこの際どうでもいい。

 とにかく野球部には部員が必要だし、彼のバッティングセンスは本物だ。ここで逃すわけにはいかない。


「ルールなんて、やっているうちに覚えられるよ!」

「無理だ! お前はオレのアホさを知らないからそんなことが言えるんだ!」


 日和がそう叫ぶ。

 自分でここまで言わなきゃならんほどのアホさってどれだけなのだと、日和と野分の会話を聞きながら晴は思った。


「アホさなんか関係ない!」


 日和よりも大きな声で、力強く野分は否定する。


「アホだからって、やりもしないで諦めるのか!? アホには野球をする資格がないって言うのか! そんな理由で逃げていたらいつまでたっても何も出来ないままだよ!」


 野分の言葉に、日和ははっと顔を上げた。

 こちらを見た日和に、野分はにっこり笑ってみせる。


「意味が野球を好きになってくれるように、俺も努力するから。一緒に頑張ってみてくれないか」


 そう言って、野分はすっと手を差し出した。

 その手と野分の顔を交互に見て、しばしの逡巡の後に、日和は差し出された手を恐る恐る握った。


「よろしく。霧原くん」

「よろしく……洗い過ぎタワシ」

「あらしやまのわき!!」


 今度は最初の二文字と「わ」しか合っていない名前に、野分は中庭に響く声で叫んだのだった。






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