今宵×にますが邪魔しないでください

黒猫夏目

第1話 その執事残念系につき

 窓ガラス越しに見える景色は緑一色、日光の光だけがまぶしく照らすこの館。その大きさに不釣り合いなほどの寂しさを感じさせるのは、たった二人しか住んでいないからだろう。一人はその不運さに世間で日の目を見る権利を奪われ、片方はその幸運さに自らを閉じ込めた。

 火星で人が住めない以上、人はどんな境遇に会おうとも、生きなければならないのだ。死ぬことが許されないこの狭苦しい世界は無情で、毎日のささいな幸運に感謝しようなんてスローガンに吐き気がする。彼らにとってそういうだ。

 大きな別荘、その一角にある一際広い部屋の中に今日も彼は現れる。







 性を怖釣璃ふつり、名をろうという彼はドアを開ける。

「お嬢様、今日もお日柄がよいですがお食事は……」

 齢18とは思えないほどその口ぶりは大人びてさわやかな声で話すが、話を終える前に口を紡ぐ。一歩遅れて、

「あっ、ああ!ノック!」

 気品あふれる寝具を身にまといながらも、その体つきに少々幼さを感じさせる齢14の少女、花咲唯衣ゆいは真っ白な髪と正反対に顔を真っ赤にさせる。サイズを少しばかり大きく作りすぎたせいで肩紐がだらりと下っている彼女は、とっさに胸元を隠すような仕草を見せる。

「ええ、失礼しました。それではお食事の方を……」

「まず部屋から出なさい!てか死ねーー!」

 激昂して近くにあった目覚まし時計を投げる、が、それは見当はずれて天井にぶつかり、不幸にも揺られたシャンデリアの金具が外れる。花咲は驚いて頭を手で押さえるようにして守ろうとする。

「全く、そんなもので私は死にませんよ。」

 怖釣璃は瞬時にベッドに座る彼女の背中にその白い手袋を回すと、降り注ぐガラスが彼の背中を刺す。パリンパリンと割れる音、そんなことには脇目を振る素振りも見せず、小さく息を吐いた。



「全く、次期を引き継ぐ立場であるあなた様が、そんなご様子では困りますよ。」

 怒られると思っていたのだろう花咲は、それとは正反対に普段あまり見せない笑顔を見せた彼を目の前にして顔を赤らめる。その様子はさながら少女漫画のようだが……

「いつまでしてるのよ!さっさとどきなさい!」

 体を支えられるか少々不安に思わせるその足で、彼の腹を蹴った。どうやら勘違いのようであったらしい。しかし不意をついたはずの一撃、それに対しても彼は一切苦痛の表情を見せず、パンパンとホコリを払うようにしてから体を起こした。

「一刻もはやくお席についていただきたいところ恐縮ですが、まずは足元をお掃除させていただきますね。」

 彼は廊下に向かってスタスタと歩いていく。「待って。」そんな彼を彼女はどうしてか引き留める。

「どうかされましたか?」

「今日は監視はいないんだから、普段通りでいいわよ。」

 その言葉を聞くや否や、それまで紳士を体で表すような表情、動作そして発言をしていた彼の雰囲気が変化していく。

「はよゲームしたい。ってか今日イベント最終日なんで昼は自分で作ってもらえませんか。」

 どこにでもいる、いやそれ以下か、目の前に現れたのはただのオタクの一般男子であった。肩を常に下ろしながら、怠惰そうな瞳を細め、口がポカンと空いている。幻滅、多くはその感情を抱いているだろう。

 改めて紹介しよう。一人はゲームオタクで女っ気ない童貞執事。片や一方は口と手癖の悪いご令嬢、正反対の二人がいかにして相容れることになったのかは後々に説明するとしよう。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る