3月14日、夜。

 日が暮れて、今晩も我が家は闇に包まれた。ただ体力を回復し、ただ心をすり減らす時間である。

 ところで、私の実家は高台に建てられており、台所の窓からは、近くの運動公園や民家が一望できる。今夜もまた、輪郭もない町が広がるだけなのだ。私はトイレに立ち、台所を通りかかった時、ふと曇りガラス越しに外へ目をやった。

 するとどうだろう――


「あれ? 光……?」


 何日ぶりかの人工的な明かりが、曇りガラスでぼやけ、私の目に飛びこんできたのだ。咄嗟に窓を開け、肉眼でその様子を眺望した。街灯のみならず、民家やアパートに、ちらほらと希望が灯っているではないか。


「おーい、あちこちの家で電気つきはじめてるぞ! 戻ったんじゃないか!」


 私は尿意も忘れて居間へ戻った。その言葉に母が蛍光灯のヒモを引っ張ると、天上の古ぼけたシミが照らされた。


「おぉ! ついたー!」


 声を合わせて、同じ言葉を発してしまったが、恥ずかしさはなかった。

 三日。たった三日間、電気がつかなかっただけで――!

 いや、今はそんなことはどうでも良い。私は早足で祖母の部屋へゆき、丸い傘の蛍光灯のヒモを引っ張ると、そこにも三日ぶりの電気が灯ったのだ。

 自宅で顔を見合わせる当たり前の行為に、祖母は大きな声を出し、泣きそうな声で喜んでいた。思わず私はシワシワの手を取り、共に喜びを分かち合った。戦争を生き抜いた祖母だからこそ、電気がついた時の反応は『ナチュラル』だった。

 ――しかし、久々に婆さんの手に触れた気がする。脂っ気がなく、いやにゴツゴツしていた。これほどまでに、皮と骨だけになっていたのか。


 思ったより早く電気が復旧したことに驚きながら、まずはテレビの電源を入れた。凛としてラックの上に鎮座する、奇跡的に生き残った情報媒体くんである。

 さて。

 1チャン、3チャン、4チャン、6チャン、8チャン、10チャン、12チャン。

 すべての局が正常に映るのを確認したあと、手頃なニュース番組にチャンネルを固定した。私たち家族は、そこで初めて知ったのだ。


『東北の被害状況』を。


 濁流。ただただ、どす黒い濁流。

 数日前に起こった、あまりにも非現実的すぎる津波をテレビ越しに眺め、心に用意していた一切合切の感想を失った。私の全身には、波状攻撃のように鳥肌が押し寄せてくるだけで、一滴の涙も出てこなかった。


 私はこの数日間。情報がない中、自分の被害ばかりを考えていた。だのに――

 自分たちなんて、マシな方である。

 自分たちは、なんて思い違いをしていたのだろう。


 数分前まで喜んでいたはずの一家。

 けれど正直、心のやり場を見失っていた。


  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・災害時のポイント11

 自分よりも悲惨な人たちがたくさん居ることを忘れてはいけない

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