3.14
友人
三月十四日。
この日も朝から、食糧を入手するためにスーパーの行列に並んだ。徐々に品揃えが増えているので、滞っていた供給がほんの少し解消されたようだ。が、まだどこの棚もお留守である。食糧調達業務を終えたあとは、溜まった三日分の疲れを実家の畳にどっぷりと沈めた。
昼を過ぎ、日が傾き始めよとする頃、一通のメールが届いた。
送信者は学生時代からの友人『Mくん』で、私の実家から30kmは離れている水戸市から、今こちらに向かっているというのだ。が、交通機関はあちこち麻痺している。はて、移動手段を訪ねると、
『チャリで向かってる!』
とのこと。
「元気だなあ」
厚意を無下に断るわけにはいかないので、お礼を伝えて待つことにした。それから一時間半が過ぎたくらいで、Mくんが姿を見せた。
必死にペダルを漕いできたのだろう。服は適当に防寒したジャージで、髪はボサボサで、息が少し上がっていた。震災発生から三日目。まずは互いの無事と運の良さを称え、無意識に溜息を漏らしてしまった。
「いやー、ビビったあ! 夜勤終わって家で寝ててさ、夕方起きたら電気つかないんだよ! それからトイレでウ〇コしたら水が流れねえの! で、そのまま会社に出勤したら『それどころじゃねえだろ!』って怒られてさ――」
「うん。キミはどんな災害でも最後まで生き残れるわ」
「あははは――!」
こんな大変な状況にもかかわらず、Mくんのあっけらかんとした性格に、私は思わず笑みをこぼしてしまった。けれど、彼が多少なりと話を盛って、冗談交じりに和ませようとしてくれていることくらい理解していた。トイレの水だって、タンク内に残った分で、一回くらいは流れるだろうに。
「で、どうする? オレなんか手伝える? なんも考えずに来ちゃったんだけど」
相も変わらず、無計画で動く友人である。けれどその無計画のお陰で、学生時代に戻ったかのような笑い声を交えることができた。私の鬱屈しきったメンタルを少しでも晴らしてくれたのは間違いない。
「そうだなあ。スーパーは個数制限あるし、今から並んでも閉まっちゃうかもな。それに自販機はどこも、水やらお茶やらは売り切れだったよ」
「ふーん。でも、まだ残ってるところあるかもしれないじゃん。探してみよう」
「え? あぁ……そう、だな。ダメ元で回ってみるかね」
Mくんの提案を呑むと、自転車を引っ張り出し、学生時代によく通った道を巡り始めた。それから約一、二時間。友人とともに、あらゆる自販機を訪ねて、スポーツドリンクを二、三本入手するだけの時間を過ごした。
端からなにも買えないと思っていたので、これは充分な成果なのかもしれない。
「これで多少は水分取れるんじゃない?」
「あぁ、ありがとう。俺ひとりだったら、手に入らなかったよ」
この辺りが引き時というのは、互いが疲労とともに悟っていた。
別れの時間が近づき、Mくんと私はそれとなく会話が少なくなり、
「んじゃ、そろそろ――」
なんて、どちらが言ったかも覚えていない終いの挨拶を口にした。
そうしてMくんは路地の角を曲がり、国道六号を上っていった。その姿が見えなくなったをの確認し、私も実家へ戻った。
――また、実家が自営業をやっている学生時代からの友人『Aさん』が、
「こんちはー。お届け物でーす」
なんて軽い口調で突然やってきたかと思うと、チャイムも鳴らさずに我が家へ上がり、500mlペットボトルの水が十数本入った段ボールをどっかと置き、
「いやー、大変だよー。そっち大丈夫ーぅ?」
なんて風に、何食わぬ顔で世間話を始めるのだ。
MくんもAさんも被災して大変なはずなのに、一体なにを考えているのだろう?
まったく――
しっかり目を見て、礼を言わなくてはいけないのに――友人の姿が、ぼやけそうになった。私は咄嗟に目を逸らして、「本当にありがとう……」だけを伝えた。
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・災害時のポイント10
知人や友人の大切さが身に沁みる
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