僕は見た

その日は、なんとなく電車で帰るのをやめた。

歩いて帰れば、気が紛れるような気がした。

線路の横を、フェンス越しに沿って家に向って歩いた。

僕を追い越していく電車を何度も視界に映った。

電車内は今日も満員だ。

窓硝子には疲れた日本人たちの顔が万華鏡のように広がっていた。


僕は笑った。


車内の皆は僕を幸せそうで無い表情を向けていた。

そんな皆の隙間には、笑顔の僕が座っているのが見えた。

かたわらには誰かが居るのだろうか、僕は誰かと喋っている風だった。

ふと、窓硝子に映る僕がこっちを向いた。


僕は幸せで無い表情をした。


電車は僕を置いて、過ぎ去っていった。

残ったのは夕暮れ後の暗闇だけだった。

傍らに誰も居ない僕は、僕を見ていた。

傍らに誰かが居た僕は、僕を見ていなかった。




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