SSデイリークエスト。
霧山よん
牛と指輪
「ねぇねぇこれ見てよ、この牛。靴みたいになってる」
スマホについた手汗を拭っていると彼女の恵がパソコンに向かって、風呂上がりのアイスを楽しみながらそう言った。
モニタには動画共有サイトのレイアウト。
牛だか水牛か、はたまたバッファローだか判断つかないが、とにかく偶蹄類の一匹が居て、蹄はブーツみたいに伸びていた。
そのまま動画を眺めていると、動画の中で、海外の農夫が知らない言語で解説を始め、その偶蹄類の足を紐で縛り、ミノとハンマーで乱暴に削蹄をはじめる。
「こんな事やって、牛痛くないのかな?」
「いや、たしか動物の蹄っていうのは痛覚がないから……」
「そういう時は『痛そうだね』って言ってくれればいいの!」
知識をひけらかすわけではないけれど、彼女の質問は痛くないのかどうかなのだから、答えは間違ってないはず。
なのに、なんでこうも窘められるだろうか。
「はいはい」
反論するのは簡単だ。
次の日の朝、おはようの挨拶を済ます前に小言を言われかねないリスクを除けば。
だからこれは自分で自分を納得させる返事。
いつもだったらそうはしない。
理屈っぽいとわかっていても、解説せずには居られない。
そういう性分なんだ。
だけど今日はしない。
手汗が滲む。
勃起もした。
今日はシアリスも飲んでいないのに。
「なぁ……」
「なに?」
スマホを充電ケーブルに繋ぎ、パソコンの動画を眺めている女に近づくと、後ろから抱きつく形でそっと手を回す。
「ねぇ明日早いんだけど……」
それも知っている。
だって明日は上司と出張だとも言っていた。
以前会社の飲み会で撮ったであろう写真を見る限り、仕事のできる上司らしい。
ツーブロックに青いスーツ。
おまけに俺には手の届かないような時計を腕に巻いている。
部下の面倒見もよく、上司からの評判も上々。
左手の薬指には銀色に光る金属の輪。
そんな順風満々なレールの上を快調に走るそんな上司にも秘密がある。
俺だけは知っている。
結婚適齢期を少し過ぎた俺の彼女だったこの女と、上司と不倫していることを。
俺が仕事で出張の時はこの家に招き入れていることを。
俺は回した手を女の首に当てると、そのまま頸動脈を抑え力を込めた。
風呂上がりの髪からは、香料のやけに甘い匂いが癪に障る。
人間は首を締めると気持ちいいらしい。
ネットにのっていたSM嬢のインタビューに書いてあったんだからきっとそのはずだ。
五年も付き合った、情もある。
もがく姿はひどく不細工だが、安心してほしい。
死に化粧もきっとできるはずだ。
ネットもあるし、少し歩けばコンビニに女性誌だって置いてあるんだから。
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お題 牛 指輪
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