With regard to you

転ぶ

第1話完璧な仕事

わたしは…今…上司と喫茶店にいる。


「お前、仕事出来ないな。」


さっきまでベッドの上での甘い囁きは何だったの?



「仕事だから行くよ。」



家族サービスですか?


彼には妻も子供もいる。


彼は落ち着いた雰囲気で喫茶店を出て行った。



出版社の仕事は、ハードだった。


「お前は、仕事が出来ないな。」


冷酷上司は冷たくわたしを突き放す。




しかし、ある日、有名作家のインタビューをまとめた記事を上司に見せると



「お!」


という反応が返ってきた。



「少しは、掴んできたな。」


上司は、涼しい顔で言った。



上司は、一週間の出張に出かけた。



内心、わたしは、ほっとしていた。


しかし、一日、二日経つと


上司を思い出していた。



容姿端麗で三十五歳には見えない童顔。


毒を吐く時の仕草は眉間に皺を寄せる。



わたしも多少の男性経験はあるが、彼のようなタイプには出会った事がなかった。



「未来、その上司が気になってるんじゃない?」


大学の同級生の高橋翼と居酒屋に行ってそんな話になった。



「気になってないよ。ただムカつくだけ。」



橋本翼はビールを飲みながら言った。



「ムカつくって気になるからムカつくんじゃないの?」



そうなのかな?



「そういえば理恵は?」


翼は少し嫌な顔をした。


「また、ケンカしたの?」


「ケンカじゃなくて別れた。」



「えー!ウソでしょう?」


「マジだよ。お互い仕事のイライラがあってケンカして別れた。」


翼と理恵は大学時代から付き合ってる恋人同士だ。


良く大学時代から付き合っては別れてを繰り返していた。



「また、どうせ、復縁するんでしょう?」



「それは、ないな、あいつ会社の上司と付き合ってるみたいだから。」



未来もフォローしようがないぐらいの衝撃だった。



「学生の時とは違うって事だよ。」


翼はしれっと言った。



「そっか…。」


未来は、言葉が続かなかった。


そんな時に未来のスマホに【上野礼二】から電話が入ってきた。



ゲ…という思いとは裏腹に少しドキドキした。



「ちょっと、電話良い?」



と翼に確認して店の外に出て電話に出た。



「お疲れ様です。」


「お前、西川先生の原稿取りに行ってないだろ?」


「え?今日でした?」


「今日でした?じゃねーよ!先生からお怒りの電話が来たぞ。」


「すみません、今から取りに行きます!」


プツっと一方的に電話は切れた。



翼に一万円を渡して、また今度と言うと未来はタクシーを拾って急いで大先生の自宅まで行った。


インターホンを押すとお手伝いさんが出て西川先生がわざわざ生原稿を持って外に出て来てくれた。


「すみませんでした!」


と未来が謝ると西川先生はニコニコしながら人差し指で地面を指さした。


未来は、最初、何を伝えたいのか理解出来なかったが分かると愕然とした。


つまり、土下座をしろと言う意味なのだ。


未来は、唇を噛み締めて土下座した。


大粒の雨が降って来た。


西川先生は、未来を一瞥して原稿も渡さずに家へと入って行った。



次の日、未来は西川先生の担当から外された。



仕方ない…必死で執筆期限を守って書いた小説を担当編集者が忘れていたのだから。



また、上野からお怒り電話が来ると思ったが翼からメールが来たぐらいだった。



【大丈夫?】



大学生の時から住んでいるボロアパートで未来は一人息を殺して缶チューハイを飲みながら泣いていた。



酔いが回り何となく上野に電話した。

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