不条理小説 蟻

泉井夏風

不条理小説ナンセンス

ムラーシ

                泉井夏風


 はじまりは蕃茄トマトの果実であった。その艶やかな表面になめらかな裂け目が生じると、瞬く間に痛ましい果実パミドールははじけ、豊かな果汁ソークが四方へと飛び散った。いや、哀れな汁ソークが飛散したのではない。太陽の果実パミドールの内に秘められた豪快なる種ヴィード熱き血潮ソークを伴い無尽蔵の殻スチナーを破って外界へと飛び出したのだ。粘る果汁ソークをまとった未熟な種子ヴィード錆びた鉄のごとき乾いた砂ゼムリャーへと墜落する。芳醇な汁気ソークは速やかに砂と砂の間ゼムリャーへと逃げていった。残された未熟な種子ヴィード燃える太陽ソルンツェに照らされ、乾いていずれ砂となる。選ばれし一つを除いて。


 残された種ヴィードは当然のように即座に生育した。なよやかな茎アスノーヴァは現れず、強固堅固な幹ストヴォールとなる。立派な消火栓プラグの出来上がりだ。錆びた鉄の堆積する乾いた土地ゼムリャーに隆々とそびえる姿のなんと頼もしいことか。傍らを軟派な蟻ムラーがせかせかと歩いている。点のようなその蟻ムラーは一匹ではない。小さな点ムラーは連なり流れるリーニャとなる。消火栓プラグの麓から輝く蟻ムラーリーニャは続き、近くの郵便箱ポーチタへと至る。四角い構造物ポーチタの周りをぐるりと巡った場違いな蟻ムラーリーニャ乾いた砂ゼムリャーの上を彼方へと続いていた。


 紳士的な蟻ムラーリーニャはどこまで続くのか。連なる点リーニャはよくよく見ればなんと二列。行きと帰りの二つの流れが終わることなく平行に続く。だが決して直線プリャーマではない。瑞々しい苺ゼムリャニーカを避けて湾曲し、茹で上げられた蛸オスィムノーグの足をかいくぐって進む。吸盤は丸く丸いが丸い蟻ムラーは気にするそぶりも見せない。錆びた鉄のような砂ゼムリャーの上をただただ点点リーニャが続く。


 不意に愚直な蟻ムラーリーニャが乱れたのは笑い狂う蜜柑アペリシンのせいだ。凄絶な勢いによる直上からの垂直落下ストラーフ剛直なる地面ゼムリャーに落ちた笑う蜜柑アペリシンは放射状に皮破け、果汁ソークは飛び散る。蜜柑汁アペリシン空襲ストラーフ蟻のような蟻ムラーは狼狽して右往左往。ただ、それも一時のこと、すぐさま一本のありふれた線リーニャに戻る。辺り一面べたべたの果奬ソークまみれだが、柔らかな蟻ムラーリーニャはその中を進む。


 不幸な蟻ムラーの働きを妨害するものはいやらしい蜜柑アペリシンだけではなかった。次なる刺客は毅然とした枇杷ムシムラーだ。今度は下から降ってきた。隊列リーニャ目がけて降ってきたストラーフ選ばれし蟻ムラーリーニャは何者かに狙われているのだろうか。しかし、目聡い蟻ムラーも負けてはいない。数匹がかりで力を合わせて深刻な枇杷の実ムシムラーを担ぎ上げると、するすると運んでいく。こうして、あまやかな香りを漂わせながら真面目な枇杷の実ムシムラー論理的な蟻ムラーの織りなす楽譜がごとき線路リーニャの上を流れていった。


 神経を焼くような眩しい夕日ソルンツェ心躍る蟻ムラーたちを照らす。地平線ゼムリャーに沈もうとする丸い太陽ソルンツェはあつかましいほどに光を投げかける。灼けるような光明の中を聖なる人参マルコーヴカ心清き蟻ムラー隊列リーニャによってぬるぬると運ばれていく。真っ当な蟻ムラーは働き者なのだ。もうじき日が落ちるにも関わらず仕事中毒な蟻ムラー行進リーニャは止まる気配がない。神秘の人参マルコーヴカ働きすぎな蟻ムラーの上を流れるように滑り去る。


 厚顔無恥な蟻ムラーの遥か頭上には心穏やかな向日葵パドソルニェチンカがさんざめいている。もう日は暮れようとしているにも関わらず、犬のように大きな花は太く誇らしげに空に向けられている。心豊かな向日葵パドソルンェチンカの視線の先には何があるのか。そこでは煌々と輝く満月の円盤ルナーが興味の無いふりをしながら地上ゼムリャーを盗み見ている。せっかちな太陽ソルンツェが沈むのは早く、妙なる月の調べルナーが早くも空気を捩らせていく。


 熱心な蟻ムラーも働くのをやめたかと思いきや、蠢く列リーニャは健在、せせらぎは滔々と続いている。心ここにあらずといった風情の向日葵の花弁パドソルニェチンカを乗せて進んでいる。意地の悪い蒲公英花オヅヴァンチンカも儚げに運ばれて行く。美食家の蟻ムラー太陽の花ソルンツェを運ぶ先は冷えた地の底の穴蔵の巣窟の暗がりゼムリャーだろうか。


 豪快な茂みトラヴァーに消えたちっぽけな蟻ムラーリーニャ柔らかな地面ゼムリャーに這いつくばるも、野放図な草の葉トラヴァーは無遠慮に空間を遮る。眩暈を起こすほどの草トラヴァーの香りが漂う中、勤勉な芋虫グーセニンツァ強情な蝗虫クズニェーチカが夜の密会に興じている。騒がしい蟻ムラーたちは野暮ったい草の森トラヴァーをせわしなく進む。優柔不断な蟻ムラーリーニャのその先には匂いたつ草むらトラヴァーがどこまでも続いていた。


 一方慌ただしく揺れ動く空ではルナーが傾いできたらしい。朝に繋がるその空の、微かに霞むその空の、薄くたなびく雲のその下に嫋やかな藤棚グリツィーニヤがこぢんまりと佇んでいる。溺れる葡萄ヴィノグラードの心地が煙る蟻ムラー隊列リーニャに暁の夢を消し去らんと大空を広くこじ開けた。宙空に漂いし茄子の果実バクラジャーンにてよろめきはゼムリャーに墜ちた。

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