ある探偵のバレンタインデー

萩月絵理華

第1話

「――またこの時期か」


 と、探偵・恩貫おんぬき夜弦よつるは、事務所の窓から、デパートに張り出された『バレンタインフェア』の幕を見、『今年は変わった物を送りませんか?』などと書かれたのぼりを見て、呆れた声を出した。


「おはよーよつるん。なんか荷物届いてたよー」


 助手の遠巻とおまき泉音いずねは、「ん、よいしょっと」と抱えていたダンボール箱をデスクに置いた。


「イズネ、その呼び方はやめろと何度も言ってるだろう。で、誰からだ?」

「えーっと……『もりあーてぃ』かなあ、これ」

「モリアーティ、だと?」


 夜弦は眉間に皺を寄せる。その人物はもっぱら世間を騒がせている爆弾魔の名だった。

 箱を開けると、中には奇妙な装置が一つだけ。カチ、カチ、カチとデジタル時計の表記は『60』から減っており、それにつけられた三本のダイナマイトと、血管のように絡み合った、赤と青の動線が二本。

 お粗末な爆弾だなと夜弦は思った。


「よつるんどれ切っていいか分かる?」


 いつの間にか、事務所の隅っこに下がった泉音は聞いた。


「当たり前だ。この手のはもう見飽きてる。あとその呼び方はやめろ」


 夜弦は、ぱつんと赤い動線を切った。カチ、とカウントダウンはあっさりと止まり、


『ぱんぱかぱーん! おめでとう探偵クン! 見事だ! そんな君にご褒美をやろう! 愛しているぞ! ハッピーバレンタイーン!』


 自動で音声が再生され、それきり動かなくなった。


「お届け物でーす! 『モリアーティ』さんから」


 タイミング良くやって来た配達員は、二人がかりで白い布がかけられた大きな物を部屋の中央に置き、サインを貰うとそそくさと帰って行った。


「なんだこれは……」


 夜弦は白い布を取る。

 中身はビニールがかぶせられた……モリアーティの姿をした等身大のチョコだった。

 添えられたカードにはこう書かれている。


『おめでとう探偵クン!  私がご褒美だ!』


 それから一週間、夜弦と泉音は、特に美味しくも不味くもないその等身大チョコを、ひたすら消費する羽目になったのだった。



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