Montgomery Arms.

四季ラチア

第1話


図書室で今日の後始末をしていたら、携帯が嫌な音を鳴らした。

…これが鳴ったなら、今日は急いで本の片付けをする必要もなくなる。学校で過ごす時間は長くなった。

私は適当な本を一冊手に取って、しばらく読み耽った。

今に死ぬかもしれないのにね。



Montgomery Arms.



「ミドリさん、何をしていたの!」

5階の6-2組教室が集合場所。本を読むのに飽きた私がそこへ入ると、普段優しいサヨコ先生がとっても怒った。

私はへらりと笑う。

「図書委員の仕事だよ」

「だよ、じゃないの。注意報が入ったら、すぐにこの教室に集まる約束でしょう!」

「いや、案外下の教室の方が安全なんじゃないかな、とか思ったり」

「まー、空から飛来するものだから、ここのほうが逆に危険かもしれねーし」

私の意見に同意してくれたのは、5-2組のヒノト。にっと笑って私を見る。

「強ちミドリの意見も間違ってねーと思う」

「下の階だって危険なのよ。いいから、ちゃんと先生の指導に従って!」

「はぁい」

ヒステリックな先生に適当に頷き、私は窓側の席へ座った。他の子たちも一旦好きな席に座る。私の前にはヒノト。

その他…学年はそれぞれ、私含めて全6名の生徒が、今日は帰宅できない子供だ。

「では、学年と名前を言ってください」

サヨコ先生が言う。

視線が合ったのは私…私から始めろと言っているのか。

「5-1組、ミドリ…ってか先生は私のとこの担任じゃないか」

「必要なことなのよ。次」

「5-2組、ヒノト。ああ、妹も一緒だ」

「4-2組、カナエです」

ヒノトの隣の女の子…へえ、ヒノトに妹なんて居たんだ。

「4-2組、イズミです。掃除当番で残りました」

立ち上がり、生真面目に名乗る女の子…ああ、よく図書室に来る子だ。知ってる。

「6-2組、ユーマです」

低く声変わりしている一学年上の男の子は、ヒノトの知り合いだ。彼のことも知ってる。

それから、窓際に座る背の低い眼帯をした男の子…だが間が空いても一向に名乗らない。

サヨコ先生が困ったように笑った。

「ああ、彼は4-1組の転校生のショウくん。ちょっと喋るのが苦手なのよね」

…絶対私の苦手なタイプだろうと思った。

「これで全員ね…では」


「知っての通り、さっき、が入りました。もしかしたらこの後、小型ミサイルが降るかもしれません。なので、今日の下校は禁止になります」

ミサイル注意報。

私たちからすればもう昔の話。何年も前からこの国は戦争真っ只中で、偶にこうして、敵国からミサイルが飛んでくるという予報が入るようになった。

それでもまだマシなほうだろう。今は何かの技術や監視など、他の国との協力もあってミサイルの飛来を予報できるようになったけれど、昔は突然降り注ぎ、たくさんの人が犠牲になったと聞いた。

小学生の私たちには、昔がどれほど凄惨だったのか、今この国を守っている技術がどういったものなのかは想像がつかない。

下校できないことが怖いわけではないけれど、先生の話を聞くだけじゃ、やっぱり実感は湧かない。実際にミサイルが降ったという話もテレビでしか聞かないし。

でも、注意報が入った以上、帰れないものは帰れない。それが大人が決めた規則だ。

「警戒が解かれ次第下校を許します。親御さんに連絡できる人は連絡を…なるべく迎えに来てもらうようにお願いしてください」

サヨコ先生がそう言うと、ヒノトとイズミちゃんが携帯を取り出す…ヒノトはメール、イズミちゃんは電話をかけた。ユーマさんやショウ君は何もしない。

そして私は、メールを打つヒノトにこっそり声をかけた。

「ねえ、悪いんだけどヒノト」

「んー?」

「下校するのさ、あんたの所に行ってもいい? うち帰っても、注意報入ると親が仕事に行くんだよね…そんな事先生に言ったら面倒でしょ。ね?」

帰っても親が居ない…サヨコ先生にそれを言ったら、きっと先生のお家に連れて行かれる。そしたら嫌でも勉強の話をされるんだ。そんな一日になってたまるか。

精一杯女の子として媚を売る…ヒノトはそれで絆される奴ではないけど、ため息と同時に視線を向けられた。

「親はいつ帰ってくるんだ」

「警戒が解かれれば、たぶん明後日の夕方」

「じゃあ明後日の朝までな。妹も居るし、うちはそんなに裕福じゃねーんだよ。極めて遠慮しろよ」

「ありがと。よろしくねカナエちゃん」

「はい」

強行突破だ。押しつけ成功!

このやり取りは、サヨコ先生にはバレてない。だから先生は、ヒノトとイズミちゃんが携帯を机に置いたのを見て、話を進めた。

「それでは、今晩の過ごし方を説明します」


×


しかしまあ、警備の緩い学校だ。

いくら小さな学校で、残ってる生徒が少ないからって、残ってる先生もサヨコ先生ひとりだなんて。

「他の先生たちは帰ったっての? 教師って、夜まで残ってやることいっぱいあるんじゃないの?」

「噂じゃ、ミドリ…どうやら教師連中は、校舎の警備担当ひとり。他の教師たちは、校外に出て戦争に行くって話だ」

「戦争ぅ? ミサイル注意報だけでもアホらしいのに、戦争って。昔じゃないんだから」

「ただの生徒内の噂だ。戦争って言葉で例えてるだけで、下校の見守りだろ、普通に考えて」

「でも先生たちは戻って来ない…イミフ」

「ミサイル注意報は子供だけの問題じゃねーからな。家に居たって外出禁止令出るだろ。教師たちもどこかに避難するから、戻るに戻れねーんだろ」

「避難しなかったら警察に捕まるの?」

「教師も警察の指示には従うしかねーんじゃねーの。警察もお国から指示されて動いてんだし」

「私らガキだねえ」

「ガキだなあ」


「ミサイル注意報ね…実際に降ったって話なんか、テレビでしか見たことないよ。この近くで落ちたのって」

「一番最近じゃ、北小学校方面…民家に直撃して、死人が出たって」

「あったね。割とエグいの。これは失礼しました」

「けど、それは俺もニュースで見ただけだ。身近に起こったこととはいえ、現場を見たわけじゃないから…やっぱり実感は湧かねー」

「じゃ、やっぱりヒノトもミサイル注意報なんてアホらしいって思う?」

「アホらしいとは思わねー。それも実感が湧かねーってんだよ。アホらしく思うのはお前がノータリンだからだ」

「ヒノトよりノータリンじゃないです〜。この前のテストで百点取りましたからァ〜。ヒノトなんて体育以外成績クズじゃん!」

「あー、うるせえうるせえ‼︎」

怒ったヒノトが私をダッシュで追いかける。当然私は逃げる。全力で階段を駆け降りる。

私とヒノトは三階の家庭科室に向かっていた。調理道具を取りに行くためだ。

先生が説明した今晩の過ごし方は至って普通。ご飯を食べて寝るだけ。それ以外は自由時間。勉強しようが本を読もうが喧嘩しようが自由。5階、特に6-2組教室からなるべく出ないことを条件に。

「学校でする自由って何よ。しかも教室から出るなって」

「携帯があるだろ。下校できなくなったらネット使っていいっつってるし…俺はゲームやるぜ」

「うわあ、現代人…私ゃ本がないと駄目だ」

「今時お前くらいだぞ、紙読んでるの。妹ですら電子書籍だぜ」

「電子書籍は頭に入ってこないんだよ。それに、あの4年生のイズミちゃんも紙読む子だよ。私だけじゃないし」

「おい行き過ぎ。ここだぞ!」


家庭科室に到着。

教室の中は、夕方のオレンジ色の日差しが差し込んで眩しい。私は目を覆いながらカーテンに向かう…ヒノトの呆れたため息が聞こえた。

「塞いで何になる」

「夜はカーテン閉めるもんでしょ?」

「使わねー教室だ、意味ねーだろ。さっさと道具取って戻るぞ」

「うっせーなぁ」

…だって眩しいんだもん。

昔はこんなにすごい日差しじゃなかった、と授業で聞いた。

よく言う環境汚染ってのが悪化して、世界的な異常気象になった。この強くなった日差しに当たりすぎると、日焼けどころじゃ済まない。ラジオで聞いたお医者さんのお話では、細胞が変化して、変な病気になっちゃう…とか。

難しい話でよくわからなかった。

でも、私たちが外で長く遊ぶことを禁止されてるのは、そういう理由があるんだなって思った。

…誰も居ない校庭を眺める。

こんな広いものがあったって、ほとんど使われたことないってのに…何のために作られたんだか。

「…ん?」


誰か居た。

誰も居ないはずなのに、校庭に、こっちに向かってくるひとりの影が居る…影、そう、影みたいな奴。

だって全身に黒いローブを被ってて、その裾をゆらゆらと靡かせて、頭はのっぺり…そいつがゆっくり歩いている。ひとりで歩く影みたい。


「ヒノト、ねえ、ヒノト」

調理道具が置いてある部屋に行ったヒノトを追いかけ、後ろから襟を掴む。

「ヒノト!」

「んだよ」

「何か変なのが校庭に居んの。あれひとかな? 幽霊かな? 見てみてよ」

「ユーレイだぁ?」

ヒノトを引っ張って窓辺に連れて行く。

…でも、ヒノトと一緒に覗いたら、影は消えていた。

「あれぇ…居なくなっちゃった」

「初めての泊まりだからってバカ騒ぎしてんじゃねー」

「いや、だって本当に変なのだったんだよ。真っ黒の布被ってさあ」

「教師じゃねーの。ほら、持てよ鍋」

「鍋、フライパン、包丁!」

「包丁は持つな。お前が持つと怖い」

「人聞きの悪い」

あとは紙皿と紙コップ。環境には悪いけど、食器を持って行くには人手が足りないし危ないからね。

道具の重さを分担して、調理道具の部屋を施錠。家庭科室を後にする。

…でも本当に、校庭の影は何だったんだ?

やっぱり幽霊だったりして。

だったら、今夜は楽しくなるぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る