双子とOL

@niki0515bl

双子と月とOLと

「絶対に逃がすな!」

「あっちに行ったぞ!追え!」

汚い大人たちの声。

逃げなきゃ。

このままだところされちゃう。

二人で逃げなきゃ。

暗い路地を二人で思いっ切り走る。

もう人をころしたくないよ。

たくさんの大人たちが追ってくる、お月様が照らしてる。

もう疲れたよ。

パパとママに会いたい。

でも走らなきゃ。

余計なことは考えないようにとにかく走る。

途中で物陰に隠れた。

大人たちは走り去っていく。

気付かれなかった……。

とてつもない安心感、そのせいかな。

突然眠気に襲われる。

ダメ、寝ちゃダメなのに。

二人とも、どんどん意識がどこかに吸い込まれる。

ダメ…まだ寝ちゃ…だ、め……。




「三浦ぁぁ!」

汚い上司の声。

いかなきゃ。

「はい、何でしょう武田部長。」

「お前だろうこの資料作ったのは、なんなんだこのミス!!」

そう言ってハゲ田こと武田部長は机に資料を軽く叩きつける。

「申し訳ございません。すぐに訂正します。」

軽く頭を下げて、叩きつけられた資料を自分のデスクにもっていく。

ハゲ田はまだねちねちとこれだから女はなどと言っている。

これはお前が半ば強制的に押し付けた仕事だろうが!こちとらもっとやらなきゃいけないことがあんのによ!

イライラして自然と強く床を踏んで歩いてしまう。

「はぁ……」

「漏れてるよ~ため息と負のかんじょー」

「うっせ」

ニマニマとからかってくる同期の木村を適当にあしらって仕事を再開する。

木村はかまってもらえなくて少々拗ねているが、こちらにそんな暇はない。

秘儀高速タイピングで訂正箇所を死ぬ気で直す。

今度こそ大丈夫だろう。

「みっちゃん凄い顔、ねぇ最近ちゃんと休めてる?29歳ってそんなに若くないんだよ。ここんところちょっと働きすぎだって」

「余計なお世話よ、私は平気。ちゃんと食事だってしてるし、睡眠もとってる。

それに、あんただって私ほどじゃないけど残業してるじゃない!」

「三食カロリーメイトはちゃんとした食事って言えないし、ここ三日毎日残業してる人が良質な睡眠をとってるとは思えないんだけど。私は少なくとも健康的な食生活はしてる」

「うっ……」

ぐうの音も出ない、思わずタイピングをする手が止まる。

彼女の言っていることは正論だ。私は心身ともにズタボロ寸前である。

おかげで29歳になっても恋人の一人もできない。

それも、これもあのハゲ田のせい。

あんのくそ上司が、考えただけでイライラする。

あいつのつるピカ頭をスパっと切って取り出した脳みそ、ぐっちょんぐっちょんのけちょんけちょんに踏みつぶしてやりたい!

「上司の脳みそ踏んずけてやりたいって顔してるね」

「え、」

「みっちゃんって意外と分かりやすいよね~」

またあのニマニマ顔だ。彼女は自慢の茶髪を指でくるくると巻いている

「も、もう!そんなことより仕事よ!し、ご、と!」

そういうと私はカチャカチャとまたタイピングを始めた。

木村も渋々仕事に戻る。

そのまま淡々と時間は淡々と過ぎ、時刻は午後五時半となっていた。





今日も残業か。

木村は今日は予定があるらしく、定時で帰って行った。

オフィスで一人虚しくカロリーメイトを食べる私、惨めだ。

「はぁ」

止まらないため息。実際、木村の言う通りこんな生活続けていて良いのだろうか。

気付いたらもう29、三十路はもう目の前。

自分の幸せのために、婚活的なことをするべきなのでは。

「はぁ、、結婚かぁ……」

肩の荷が重くなる。

結婚。母さんや父さんのように、高校の時仲が良かった美咲ちゃんや好きだった谷口くんたちのようににできるだろうか。

いや、今のご時世結婚=幸せという考えなどもう古いのだ。

そう、独りでだってこの腐った社会で生き抜いて見せればいい。

何が彼氏とデートだ、何が2歳の子供を連れて家族でテーマパークだ。

何が今日から名字が谷口になります、美咲より♡だ!!

そんなもの私には必要ない。

三浦一三!29歳!

「まだまだ人生はこれからじゃぁぁぁ‼」

気付いたら私は、ガタっと椅子から立ち上がりカロリーメイト片手にガッツポーズかましていた。

チラッと隅を見ると清掃の人と目があった。

三角巾を付けたおばさんが驚いたような、かつ気まずそうな顔でこちらを見てくる。

私は何も言わずにさっと椅子に座り直し、本日2度目の高速タイピングを始め急速に仕事を終わらせて、ぱたんとPCを閉じ食べかけのカロリーメイトを机に置きっぱなしにそそくさと出て行った。

会社の自動ドアをくぐったら東京の夜の街に出る。

帰り道ネオンきらめく繁華街の隅で頬を赤らめそっと呟いた。

「はっず!!」

何もなかったように出て行ったが、頭の中では羞恥心パレードが絶賛開催中だ。

あああああはっずかし‼

まさか人がいるなんて思わなかったっつの!

なんだよあの目、あのうわぁ……全開の目はよぉ。

そりゃあ急に人が大声上げてガッツポーズしたら引くだろうな!

ああ!この気持ちをどうにかして忘れたい。

スマホを見ると23時を回ろうとしている。

顔を上げると私の目の前に居酒屋、深夜2時まで営業中の文字が見えた。

こんな時は呑むに限る。

いつかの父さんの言葉が耳の裏に響く。

そうだ、呑んで忘れてしまおう。

居酒屋なんていつぶりだろう。

私は赤ちょうちんを横目に吸い込まれるように店に入って行った。



「あの、お客さん。もうすぐ閉店なんですけど……」

「あぁん?へいてんだぁ?」

「は、はい。お帰りお願いしたいんですが、」

「しゃーねーな、帰ってやんよ。かんしゃしろよ」

呑み始めてどれくらいたったのだろう。

独り黙々と焼酎を煽り続けていたら私は完全にできあがっていた。

ろれつが回らない状態で店員に意味の分からない言葉を返す。

「大丈夫ですかお客さん」

「らいじょうぶだぁ?ふんっあたしは無敵のひとみさまよ!らいじょうぶに決まってるらない」

「あの、意味が分かりません」

店員が先程の清掃のおばさんと同じ目をする。

店員に肩を貸してもらい何とか会計を済ませ、半ば追い出される形で店を出る。

「ろーせあたしはひとりみれすよーだ」

空に向かって悪態をつき、ふらつく足取りで家に帰る。

あぁ惨めかな我が人生。

酔っぱらう自分を支えてくれる相手も、愚痴をこぼせる相手もいない。

上を向いて歩こう、涙がこぼれないように。

東京の夜空はさみしげだ。

何だか摩天楼に押しつぶされている星にだって嘲笑われているきもちになった。

月が見ている。

真ん丸なあの形はハゲ田を連想させ、またイライラとモヤモヤに心を支配されそうになる。

ちぇっ上なんて見るんじゃなかった。

また俯くと、今度見えたのはだいぶ廃れた自分の靴と2つの頭だった。

ん?

あたま?

通り過ぎようとした私の体をアルコール漬けになった脳が止める。

二人人が倒れている。

近づいて確かめると成人の体ではなかった。

まだ中学生、いや小学校高学年ほどの女の子が倒れていた。

「なんらぁ?ガキがこんなりかんにぃ。おーい」

応答なし。

女児の顔をよく見てみる。

かなりの派手髪だ。

片方が赤、もう片方は青、それに顔が良く似ている。

私がそれに持った感想は一つだけ。

「最近ののしょうらくせいはませてんらな」

それだけ?と突っ込みを入れたくなるだろう。

しかし、こんな時間に子供だけ。

どう考えても危ない。

ここで普通の人間なら警察に連絡がという方法をとるのが妥当だろう。

しかし今ここにいるのはまともな人間ではなく、酔っぱらい全開の情緒不安定女だ。

当然、まともな判断なんてできるわけもなく。

よりにもよって私がとったのは、犯罪すれっすれな手段だった。

「よぉーし!ちからには自信があるんだからぁ!」

そう言って私は、女児二人を抱え夜の闇に消えていった。



つづく






















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