1章幕 27.『動き出す』
*
広い広い草原にポツンと佇む1つの屋敷。この屋敷には誰も住んでいない場所。ただ誰かはいた。それが調査に来た僕、騎士カイヤ。
中を見渡すと死闘を繰り広げられたのか屋敷の中はボロボロ。ただ床や壁に汚れ1つなく綺麗で不気味な光景が広がっていた。とその時1つの石に目が止まる。封印石の中にいる包帯を全身巻かれた小柄な人。緑色の髪に少しだけ見える長い耳。これはエルフだ。エルフの性別は女しかいないためこの人は少女だ。
「僕が調査しに来たのは不思議なこの屋敷だけだったんだけど……まさか封印されている少女を見つけてしまうとは……これをダーリア王は知っていて僕に頼んだのか……よく分からないな」
封印されている少女は後回しにして屋敷の中をいろいろと見ていく。地面に穴が開いていたり家具や物が地面に転がっていたりとしているが真っ白。どこを見ても汚れが見当たらない。
「変な屋敷だ……ちゃんと報告しておかないといけないな」
この『世界』に何かが起きていることを示唆しているのかもしれないと感じ不安を抱く。僕は少し急いで調査を進めていき、帰ろうとしたその時だ。
「―――な、なんだ……これ……」
扉の前には赤い手が無数にあった。地面から生えてきていたり闇と化した天井などからも赤い手が出てきている。瞬時に鞘から剣を抜き戦闘態勢になる。
「手があるなら本体があるはず……」
周りを見渡すが本体らしきものはない。途端不安と恐怖を感じた。
見たことのない赤い手がもし神話時代の者のだとしたら歯が立たない。ニヒル・グラディウスは剣聖になった日に行方不明となり洞窟にいた魔動物の殲滅(せんめつ)を頼まれ行った時、100体いた魔動物の中に1体だけどこかへ逃げたと知らせがあったり、この2つを含め9件おかしい部分があるといったことも全て神話時代にいた者なのではないかと言われている。一番衝撃的だったのはニヒルの行方不明の件だ。『最強』騎士と呼ばれる彼が行方不明になるということは相当なことが起きたに違いない。それに神話時代の者が関わっている。だとするとニヒルですら太刀打ちできない相手であったとなる。
「僕じゃ力不足だ……」
赤い手を見ただけでこの敗北感を味わうのは初めてだった。あの手を一目見るだけで分かる強さ。そしてその強さに追いつけそうにないと感じている自分。僕にはまだ力がない。ニヒルのように加護や能力がない。ただひたすら振ってきた剣の技が少しある程度。
「ひとまず考えよう。僕ができるのは考えて策を出すくらいだ」
まず赤い手は斬ると減っていくのか。僕はまず剣を振るい赤い手をある限り斬っていく。しかし減るどころかむしろ増えて行ってしまった。
「これもだめか……他に……」
この赤い手の目的を考えればいい。そう思いもう1度周りを見渡しこの手の目的となりそうなものを探す。すると1つのものに目が止まった。
「これか…?」
一番怪しいものとなるとこれしかない。封印石の中にいる全身包帯で巻かれた少女、エルフだ。なぜなのか、どうする気なのかは分からないが渡す気もない。目的さえ分かればより逃げる方法が思いつく。
「石を割る……斬るほうがいいのか…?」
封印石を壊すと自然と中に封印されている彼女は目を覚ます。自分を敵でないと認識させ一緒に逃げればいい。ただ赤い手は追ってくると推測できる。となると飛行魔法を使って逃げるのが一番安全だろう。空中となれば床や天井となるものがなく赤い手は出てくる場所がない。
「これだな……救いなのはいまだに攻撃してこないことか」
斬っても何もしてこない赤い手は本当にこの少女だけを目的としているのだろう。封印石を壊した瞬間起こりえることは―――
僕は剣を封印石めがけて振った。途端封印石に亀裂が入っていきガラス音とともに崩壊していく。
「ありえるのは今襲い掛かってくることっ!」
背後に殺気を感じ地面を蹴り体をひねって後ろを向く。自分の視界には無数の赤い手が握った拳をつくりとてつもないスピードで襲い掛かる手だけが見えた。
「マズい―――!」
とっさに剣を振り赤い手を斬る。しかしすぐに赤い手は増えていき僕を闇へと送り込もうとして。
「―――ん!」
微かに声が聞こえた瞬間赤い手がツタで縛られ動けなくなっている光景が目の前に映し出された。
「魔法……自然魔法か…?緑色のつるで縛るのは確か『ネイ・クライス』。自然魔法の初級魔法とされるなかで最も威力のあるあの……」
扱いずらいとされる自然魔法の初級魔法、『ネイ・クライス』を僕は自由自在に操れない。赤い手の本体が近くにいない場合残されたあと1人のこの少女が使ったとなる。
「君は……一体……」
「―――ん~?ん!んん!」
両手を上にあげてはしゃぐ少女。包帯がまかれているせいで表情はよく分からずそれに言葉も発せていない。ただ漏れ出したちょっとした息がん~と聞こえているだけ。誰がなぜこんな可哀そうなことを…。
僕は包帯を斬ろうと剣先を包帯に置く。すると少女は後ろに跳ねて引き下がり、包帯の隙間から見える緑色の瞳はこちらを睨(にら)んだ。まるでほどいてほしくない、斬ってほしくないと訴えるように。
「何か事情があるのかな?」
「ん!」
「そうかそうか……僕が入り込んじゃいけない部分に入りかけてたんだね。ごめんね」
謝る僕にいいよと「ん」の1言だけで伝え、僕の頭を優しく撫でた。少女の手から感じるのは微かな温もり。
「……長い間ずっと封印され続けていたのか……もう少し早く見つけてあげればよかった」
「ん?」
首を傾げる少女に首を振る。
「なんでもないよ。ありがとう、心配してくれて」
「―――?ん!」
何のことかよくわかっていない様子だったが頷いて再度僕の頭を撫でる。
なんでこんなところで1人、封印されていたのだろうか。なぜあの赤い手に狙われているのかが気になるところだったがまず帰ってからでないと危険だと判断し少女を抱きかかえた。
「しっかりつかまっていてくださいね」
「ん~!!」
思わず微笑んでしまうような少女の張り切り具合。ただ今は逃げることに集中するため深呼吸する。落ち着いてきたころ魔法陣を描き自分の体全体に魔法をかけた。これによって飛行することが可能となる。
「よーし!行くぞ~!」
「ん~!」
この声と同時に空へ飛び立つ―――とその時、背中や腹に違和感を覚えた。やけに風が当たる感覚がある。何かと思い僕は自分の腹を見た。見た先には絶望と赤く汚れた騎士服、穴の開いた自分の腹が映し出されている。
「あ……あぁぁあぁぁぁあああああああああああああ!」
今の状況に追いついた脳は異常を訴え始めた。腹は痛みを超え熱さへと変化してきていき手足の感覚が一気に無くなっていく。
「あああああああああぁぁぁぁぁ……ぁ……」
声を出したり飛ぶ気力がなくなりそのまま地面に向かって落ち始めた。口からこみ上げてくるのは赤い熱い液体。落ちていく中赤い手が見えた。無数の赤い手の中に1つだけ真っ赤な液体が垂れている手があることに気づく。あれは自分の血だ。
「ぁ……ぁ―――」
自分の血を見た途端急速に意識が遠のき始めた。ぼやけていく『世界』をただ見る。落ちていく感覚も次第に消えていき、動く景色だけが視界に映し出されている。
「―――ぁ」
あの少女は、エルフはどこにいるのだろうか。無事なのだろうか。薄れていく意識の中ふと出た疑問。力を振り絞り周りを見渡す。右、いない。左、いない。後ろ、見える限りだがいない。そして諦め正面を向く。そこには赤い手で口を塞がれ手足の身動きも止められている少女と赤い手の本体だと思われる紫色のオーラを放った闇があった。
「―――ぁ」
必死に手を伸ばす、が赤い手によって阻まれる。何もできない自分に怒りを感じ唇を噛む。後悔、怒りはもう『死』によって消えていく。ただ死ぬ前までは残り続ける。
―――僕は……もっと
あの少女を守れるほどの、赤い手を一瞬で斬れるほどの、逃げれるほど―――
―――もっと、もっと
もうほとんどない意識だが何とか踏ん張り口を開く。そして言った。
「強くなりたかった―――」
途端赤い手が自分の体を包み込んだ。その手は温かくて優しくて。安心感で満たされていく。
「―――私は『世界』です―――」
「―――」
綺麗で透き通る声はとても安心できる。どんどん意識が無くなっていく中、何度も何度も誰かの声が聞こえた。
「―――このエルフで10人目です―――」
「―――」
何度も言う。
「―――あなたはよく頑張りました―――」
「―――」
何度も誰かが。
「―――『最強』の座は全て埋まりました―――」
「―――」
この言葉を最後に意識が途切れた。
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