1章 18.『以下』

「私は賢者の後継者であり、『世界』に愛された存在、騎士。ニヒル・グラディウス・エンザエム」


 白い騎士服で光のように輝く金髪。そして正義感という欲にまみれて似合っていない青い瞳。最強で最悪のやつが現れてしまった。


「マジでクズだな……で、この精神『世界』は壊すのか?」


 俺の問いかけにふっと短く笑い、鞘を抜く。


「特に壊すつもりはなかった。ただ私は『世界』に頼み君の精神『世界』に強引に入ってきた。その代償がこのひび割れということだ」


 周りを見渡しひび割れているところを指さす。ひびの間からは光が漏れ出し、赤い手が無数に出てきていて不気味な光景だ。この景色はまさに地獄絵図。


「何度も何度も何度も何度も君は時間を巻き戻し、とうとう時を止めたまま君たちだけで話を進めた。『世界』の許しも得ず。『世界』に許されなければ幸福など幸せなどない。私は幸せを、欲を満たすためにここへきている。欲を満たすためには君たちを殺す以外手段がない」


 眉を寄せながら語り続ける。自分の欲求を満たすためにただひたすらと。とその時レイルとエンザエムは魔法陣を複数描き、ニヒルを睨んだ。


「ロー君の真逆の性格だね。最低だな~。一気に終わらせちゃうよ!ニル・グランテ!」


「…うん!…フル・フレイム!」


 2人同時に詠唱を唱え、魔法を放った。レイルは青い石を造り出し、エンザエムは炎のボールを造り出して一気にニヒルに向かう。青い石は空気を冷やし結晶へと変え、炎のボールは結晶へと変わった空気を溶かし、湯へと変化させながらニヒルに当たり―――


「―――私に斬れないものは存在しない」


 彼はそう言いながら剣を軽く一振り。すると空気や魔力などが悲鳴を上げ、魔法や空気、魔力すらも斬った。一太刀によって生まれた爆風は刃となり、地面や空気を斬っていく。


「痛ぁぁぁあああああああああああああ!!!」


「…大丈夫ですか!?今すぐ…治療を!」


 俺の声に駆け付け、エンザエムは治癒魔法を使って傷を癒す。切り傷のはずなのに焼けるように熱く、痛みは尋常じゃない。脳が危機を知らせて耳鳴りを起こしているほどだ。


「……レベルが違いすぎんだよ……お前………」


「私は『世界』に愛されている。だからこそ幸福が得られ、自分の欲求を満たせる。君にも必要なことだろう?いくら犠牲を払おうと得られるもののほうが大きい、多い、良い、最高だ。君も少しは理解し、契約をっ!」


「きゃー!!!」


 レイルの魔法の連撃を手で払い消し、一歩前に出た足の風圧でレイルを吹き飛ばす。このことをしながらも俺に話しかけていたのだ。こんな奴を倒す方法で頭を悩ませるが一向に思いつかない。魔法は手でかき消すことが可能。剣であいつを斬るのは皆無。魔法の威力、剣の威力は異常。足だけで様々な攻撃可。今わかることはこのことだが、何をどうしても勝てるわけがない。


「理を破り、私の邪魔をするとは正義感が欠けている。いくら抗い、抵抗しようと私を倒すことは不可能」


「……私はそうは……思いません……ね!クル・ジグレス!」


 治癒魔法を終えたエンザエムが上に飛び跳ね、魔法陣を自分の足元に描いて浮かせる。飛行魔法だ。飛行魔法を常時使いつつ、魔法陣をニヒルに向けるように描き、中心から水が現れた。小さいボールの形をした水はニヒルに向かって放たれる。水は空気を切りながら進み、ニヒルを守る赤い手や剣に穴をあけ、彼の腹に到達した。


「うっ―――!」


「フル・フレイム!」


 詠唱とともに燃やし尽くす炎のボールが現れ、彼に当たった。水と炎の魔法は彼の腹をどんどんえぐっていき、大きな穴を作り上げた。途端、彼の腹からは血が多く溢れ出して地面に倒れる。


「ぐはっ……私に攻撃を………賢者……ぶはっ…!」


 血を大量に吐き出し、地面は彼の血で染まっていく。

 欲にまみれた奴にはこれがお似合い………ん?……待てよ?


「エンザエム!何かで守れ!」


「―――!?わ、分かりました…!アイスフィールド!」


 エンザエムは魔法陣を描き、氷の壁を造る。俺も同じように氷の壁を造り、身を守った。とその時、エンザエムと俺の前から薄い赤色に染まった風が襲う。


「素材ミス……やっちまったっ!!」


 氷の壁にしたのが間違いだった。この薄い赤色の風は熱風。氷の壁は勢いよく溶けていき、一瞬で消えてなくなる。焦って俺は岩の壁を造り、何とか耐え抜いた。


「エンザエムは2重にしてたってすげーな。さすが賢者!」


「……や、やめてください……!」


 顔を赤らめ、魔法陣を描き岩を飛ばす。その岩は俺の頭に当たり俺の頭に激痛が走った。照れる顔は癒されるし可愛すぎてやばい。


「けど痛い!癒しが追いつかない!!」


「…す、すみません!!!つい……」


「つい!?まさかの!?照れ隠しで岩!怖っ!初めて聞いた!…で、でも顔可愛いからバッチグー!」


 真っ赤に腫れた場所に手を置きながら親指を立てた。エンザエムは「はい…すみません……」と申し訳なさそうにもう一度謝り、顔を前に向ける。


「……来ます…」


「了解」


 あの風を起こしたのは誰か、なんてもう分かっている。こんな風を起こせるのは俺の中では1人のみ。


「ひどいね……君たちは本当に。心外だ。私にこの穴をあけ、私が風を起こしたというのに壁を造って賢者と仲良く話す。不愉快で心外、心外だ」


 殺意によって声が低くなり、眉を寄せ表情を歪める。口調も少しずつ変わって本性を現していく。


「心外で不愉快なお前ら、特にあの男。加護を『世界』の許しなどなく持ちやがって。不愉快だ、心外だ!呆れるって問題じゃない!お前が言うクズ以下だ!私は『世界』に愛され加護も持っている!嫌われているお前が、『世界』に、『世界』に『世界』に!嫌われたお前がぁああああ!!!」


「―――俺がクズ以下ならそのクズの俺以下がお前だ」


「―――っ!!私はぁああ!!」


 俺の言葉により怒りを増し、床を蹴りつける。すると地面は一気に粉砕し、同時に彼は俺に押し寄せてきた。破壊の音とともに視界に衝撃波と剣閃を放った剣が俺を襲い―――


「クル・ジグレス!」


「―――うわぁあああ!!!!!」


 詠唱の言葉で新たに衝撃波が生み出され、お互いの破壊がぶつかり消滅する。エンザエムの魔法だ。この魔法で剣と衝撃波はかき消してくれた。


「ありがとう!エンザエム!」


「…はい!でも……」


「分かってる」


 彼女が言いたいことは分かっていた。ニヒル。彼は『世界』に愛されている存在。そんな彼の命、魂である心臓は『世界』に預けている。こいつはある意味不死身の存在なのだ。


「殺せない相手はマジできついな……」


「はい……あ、そうだ……レイルちゃん!」


「イテテテ……は、はーい。生きてるよ~…」


 彼女の呼びかけに弱弱しい声で答えた。レイルは自分に治癒魔法を使って休憩していたところだった。


「戦うよ…!!」


「―――わ、分かった……頑張ってみる」


 鬼畜なエンザエムに嫌々レイルは答え、魔法陣を描く。


「3対1。作戦……一応あり!。ただオワコン状態でスタート、だっ!」


「私に…挑むな。不愉快だ!」


 彼の舌打ちとともに何度目かもわからない彼との戦いが幕を開けた。

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