1章 16.『呪いという記憶』

「呪いを解くため。だね」


「―――」


 レイルが言った途端、エンザエムは暗い表情に変わる。思い出したくもない過去でもあるのだろう。可愛い顔をした少女が泣き顔や不安な顔を見たくない。

 俺は結んでいた唇を緩ませ、「エンザエム」と彼女の名前を呼ぶ。俺の呼びかけにエンザエムは首を傾げながら「……はい」と返事をして、真剣な表情に変えた。


「……エンザエムに何がいるか診断してあげよう!」


「―――?……何がいるか……診断……?」


 首を傾げるエンザエムに「そうそう」と頷(うなず)き、話を続ける。


「質問は3つ!イェスかノーで答えてくれ!イェスはそうですよって意味で、ノーは違いますよって意味な?」


「―――わ、分かりました……」


 小さく頷き一瞬そらした目線を合わせた。可愛い顔を眺めたかったが顔を横に振り、人差し指を上げる。


「1つ目!自分を信じてる?」


「―――イェ……ノー」


 イェスを言おうとしていたが、一瞬黙り込みノーと答えを変えた。正直言うと予想通りと言えば予想通りだ。今のエンザエムと昔のエンザエムの違いの1つは自信があるかないか。幼少期のエンザエムによく似ていると言った感じだろう。


「じゃあ、2つ目!俺を嫌ってるか?」


「………?ど…どういう……」


「そのまんまの意味。俺を嫌ってるかどうか」


 よく分からない質問を投げかけられエンザエムは動揺していた。これは俺が単純に好きな人は俺のこと嫌ってないかな~みたいなふざけではない。ちゃんと理由はある。賢者の後継者ニヒルは俺を『世界』と『賢者』に嫌われた存在、と呼んでいたことが本当なのかの確認だ。もし本当なら『世界』に嫌われている可能性が濃くなり、なぜ加護を持っているのかという疑問も大きくなる。利点は少ないが知ると知らないだと別だ。


「―――ノー」


「…おっ」


 何も躊躇(ためら)いもなく顔を赤らめながら答えた。質問がふざけているのだと勘違いされているようだったが、全く悪い気がしない。むしろ良すぎる。神に感謝しなくては。

 神への感謝の後、何度も彼女の顔をチラ見して、照れる心を隠すように両手を叩く。そして「最後!」と言い話を再開させた。


「3つ目!―――何が欲しい?」


「―――」


 2つの質問の時とは違い、彼女は悩みもせず困惑もせず動揺もせず一瞬の間を置く。


「……仲間が……ほしいです……」


 溢れ出す涙を静かに落としながら、彼女は笑顔で言った。


 *


 怖いです、泣きそうです。でも、泣いちゃいけないんです。だったらお母様が、あの女の人が許さないでしょう。何度も何度も怒られて、疲れても休ませてくれないんです。



「お母様……今からどこに行くの?『お出かけ』?」


 赤いワンピースを着るお母様が帽子を被りながら私の頭を撫でた。


「そうです。『お出かけ』ですよ。初めての『お出かけ』」


「やったー!!『お出かけ』!楽しみ!」


 満面の笑みで私は喜んだ。急いで靴を履いて玄関の扉を開ける。外に出た私は目の前にある魔法車の外の座れそうな部分に座って足をバタバタさせながらお母様を待った。数分経った頃、お母様が玄関の扉を閉めて魔法車に乗り込んだ。私はここが良いと頬を膨らませながら言い、なんとか成功。この風がすごく当たって景色も見れるこの席で『お出かけ』へと向かう。


「……い……いやぁ……」


「働け!クソちびどもが!」


 私の思っていた『お出かけ』とは程遠いものだった。『お出かけ』というのは絶望を味わうために向かう、行くもの。周りにも私と同じくらいの背だけど、やせ細った人たちが懸命に物を運び働いている。

 少し足が動かなくなり、私は物陰に座り込み、足を見た。


「……な……なに……これぇ……」


 服で見えなかった足が今私の視界に入る。切り傷、擦り傷で出た血で染まった足。この瞬間、私の視界はクラクラと揺れ始めた。

 こんなの、嫌だ……もう、嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ!

 いくら叫んでもやめたいという願いは10年思い続けた願いだった。


 ―――やっと……嫌なことから解放された……


 魔法学院への入学。これが決まったときは心の底から熱がこみ上げるほど嬉しかった。嫌で嫌で嫌なことをやっとやめれる。自由なんだ。私の人生で一番嬉しいことだろう、と思っていた。でも、魔法学院に通い続けてもっと嬉しいことなどいくらでもあった。ブレイヴ、ミイ、エルクの出会いが一番の嬉しい出来事。

 なのに、なのに、なんで、また私にひどいことをするの!?どうして!


「妾はルノアール・ナファン」


 この声がどれだけ憎かったかだろう。姿すら見ていない女の人が憎くて、でも私は何もできないって気づかせた。



「ロク……さんでしたよね……」


「そうだけど……どうした?」


 溢れ出す涙を拭いながら彼の名前を確認した。この願いを聞いてくれて、私に勇気をくれた彼の名前は知りたい。

 ロクさん……か。幼少期のままで止まってるって気づいたロクさんはすごい。頼っていいのかな……。

 頭を抱えて悩んでいるとロクが私の名前を言う。呼ばれた私は思考を停止してロクの瞳を見た。ロクは親指を立て、笑顔で言ってくれた。


「仲間になれ、エンザエム。仲間がほしいなら今いるだろ?俺が。じゃ、俺に声かけてくれ。エンザエムがいると俺は楽しいよ」


 私の視界は歪んでいた。より溢れてきた涙で前が見えずらいけれど、今、彼は手を差し伸べてくれている。私の冷え切ってしまった心を溶かせるほどの温かい手が、今。


「―――はいっ……!」


 彼の温かい手を取り、私の『水』は温まり。


 ―――呪いは解けた。

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