0章 2.異世界へ

「そろそろ泉に戻ろうと思うんですけど……」


 アンカは目を泳がせて何か落ち着きがない。


「どうかしたか?」


「ど、どうやって泉に戻れば……」


「そ、そんなことか……驚いた……この段ボール、箱の中に入れば戻れる感じらしいよ?」


 段ボールに異世界と通じる空間を作ってしまったのか。泉の女神……神様……そんなこと考えるだけ時間の無駄か。

 これから異世界。アニメとかでは、武器、アイテムを手に入れ……じゃないか。モンスターといきなり戦う……でもないな。最初は冒険者になるために手続きやらなんやら……


「あ、あの!」


 俺は脳内で考えていることに集中しすぎてアンカの言葉が聞こえていなかったらしい。


「ご、ごめん。まだなんかあるのか?」


「いや……名前、聞いていなかったかなって思ったんです」


 そうえばアンカの名前を知っただけで俺何も言ってない。初対面で自己紹介も何もしないなんて……仕事を探して面接受けまくった俺が許せれない。


「マジでごめん!俺の名前は浩明 正人(ひろあき まさと)、無知無能の高校生。特技はゲーム。趣味もゲーム。剣はゲーム内なら……」


 夢中でゲームについて語ろうとしていると、アンカは何を言っているのか、と呆れている表情になっていた。それもそうだ。異世界にRPGゲームがあるはずない。知っていたら異世界にもゲームがあることになる。


「よし。行くか」


 特に準備することも物もないため、替えの服だけ持って段ボールに入ろうとした時。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 俺の手を引っ張り段ボールの中に入るのを止める。何か心配でもあるのか、まだ不安なのか。でも当たり前だ。冒険者になりたてでパーティーに入れる仲間が俺だから―――


「あの――――」


「――――」


「頑張りましょうね!一緒に!」


「――――!」


 予想外の言葉、でも一番言ってほしかった言葉だった。必死に涙をこらえながら笑顔でうなずき段ボールの中―――異世界へと向かった。


「――――」


「下が水だと気づかずに飛び込んで俺たちずぶ濡れ……」


 夢の異世界だったのがあり、興奮状態だったせいで泉ということを忘れて飛び込んだ。それを見たアンカも一緒に飛び込んでひどいスタートになってしまった。


「とりあえず宿屋に行って着替えたほうが良いし、教えてくれないか?」


「そ、その……」


 目が泳ぎ落ち着きがない。これは、嫌な予感がする。アンカが現れた時、『冒険者になりたて』と言っていることを思い出す。


「その……場所が分からないんですよ……ダーリアからこの泉までの道は遠くて、この泉に来るまで1か月かかったくらいですから……他の町も2週間はかかると思います」


 ちょっと待ってくれ……なんだこの絶望的状況は。こんなことがあっていいのか。加護があると思いきやわけわからないものだらけ、しょぼい。ん?待てよ――


「ここって『願の泉』だったよな」


「はい。じゃないと正人さんには会ってないわけですから」


 条件か何かなかった場合、俺が願えばその願いが叶う。ワープできるようにとか、願うとその願った加護を無条件で手に入れられるようにとすれば行ける。ヌルゲーだ。


「願う条件みたいなのあるのか?」


「はい、あります」


 ああ、現実は甘くないな~。神様、仏様……もう少し楽にしていただけると物凄くうれしかったのですが……あ~。い、いや、まだ諦めてはいけない。その条件はこの泉で簡単にできるかもしれない。


「願うにはここから少し離れた山を登った頂上に特別な鉱石があります。それを取って下山。その後に冒険者カードという自分の能力を見ることができるカードにその鉱石を収めます。次にここから西にある魔女の塔にいる魔女から『真実の鏡』をもらって指定された場所に置きます。で、冒険者カードを上にあげて願いを言うとその願いをかなえれます!!」


「長い!!することが多すぎる~あと冒険者カードがない!!」


 冒険者カードがないと何も始まらない。これは詰んだ。


「冒険者カードはどこでもらえるんだ?」


「町や村、都市だったらどこでももらえます。町や村、都市には必ず1つ『冒険者施設』があるのでそこに行けば」


 カードをもらいに行くまでが長い。けど仕方ない。


「よし、一番近くの町のところに行こう。2週間かけて。あ、完全に忘れてた、服、どうしよう」


 少ししか時間が経っていないのに忘れてしまう。俺の悪い部分だ。するとアンカは、はっと何か思い出したのか、満面の笑みでこちらを向く。


「魔法を使えばいいんじゃないでしょうか!!」


「それだ!!」


 ゲーム廃人の俺が頭をフル回転させ考えた結果、ドライヤー的な機能を魔法で再現すればいいということで、何かしらの消えない炎魔法を右手に出しておいて、風魔法を使って服に当てる。炎が服にそのまま当たってしまったら燃えてしまう。炎を動かさずに周りの空気だけを風魔法で服に当てることができればいいとなった。


「よーし、行くか。こういう魔法とか想像でできると信じてるし。おりゃ」


 頭の中でさっき考えたことを映像に変える。


「まずは炎」


 右手を見つめ、ガスバーナーとかでよく見るあの炎をイメージするとそこにそっくりそのまま出される。


「感動……よーし、次、風魔法。炎に当たらないように、空気だけ、空気」


 炎の前に見えない壁を作るようイメージし、風魔法を左手で撃つ。


「で、できた……乾いたぞ!!」


「すごいです!!魔法を使ったことないんですよね!!すごい!!すごいです!!」


 そんなに褒められると体中の力が抜けそうだ。


 こんなに魔法ができるなんて、俺才能ある感じ?


「服、乾かしておくから。脱いで」


 俺がそう言うとアンカは顔を真っ赤にして。


「な、なにを言ってるんですか!?」


 強烈なビンタが俺を襲った。頬は真っ赤。考えてみると俺はただただやばいことを言っている変態になってしまう。好感度爆下がりだ。


「ご、ごめん!そういうつもりじゃなかったんだ!!」


「いいですよ!?私隠れてますから乾かして……ください」


「お、おう……」


 スゲー気まずい。そう思いながら服を乾かした。

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