プロローグ 『1つの段ボール』

<2025年 4月28日>


「お届け物でーす」


 インターホンのモニターの画面先に緑色の帽子をかぶった宅配業者が見える。別に何かを頼んだわけでも買ったわけでもない。


 誰かの贈り物か?だったら嬉しいんだけど。


 そう思いながら玄関のドアを開ける。


「こちらに印鑑をお願いします」


 宅配業者に言われるがまま動き、届いた重たい段ボールを部屋に置く。


「誰からの贈り物だ~?」


 もし俺の親戚なら大当たり。なぜなら俺の親戚は全員金持ち。豪華な家に車、船があってメイドや執事を雇ってたり、国に関わる仕事だってしている。

 まあ、俺は築100年のボロアパートに一人暮らし。高校1年で親から一人暮らしを経験しろと言われやったはいいがまあ俺には無理で、1年経った今、もう1年……暮らせるかどうか……という状況。

 もし、親でも当たり。生活用品を届けてくれる。たまに。

 もし、友達ならはずれ。パーティーで使うようなものだけを送ってきて、その中に入っている手紙には誰かと遊ぶときに使えとしか書かれていない。最悪な友達……


「さて……」


 段ボールに書かれている送った人の名前を見る。


「しめかい?」


 そこには『〆かい』と書かれていた。名前だとは全く思えないものを見せられ絶望と不安に変わっていく。怖い。


「これは送り返したほうが良い……よな……」


 すぐに送り返そうと玄関へ行き靴を履いた瞬間だった。


 ―――ドン


「……?」


 どこかにぶつかったような音の方向を向く。そこにあるのは段ボールと壁。


「この段ボールの中……か?いやいや、まさかな!!」


 ―――ドン、ドン


「……!!ま、マジか……」


 確かに見えた。やっぱり段ボールだ。段ボールが動いた。中に何かいる。

 俺はすぐに靴箱を開け、ほうきを取り出す。


「で、出てこい……」


 ほうきの先で段ボールを突く。しかし反応はない。


「仕方ない……自分で開けるか」


 左手でほうきを持ち、右手でガムテープを取っていく。今にも心臓が破れそうだ。この音が聞こえず不安になっているときに何か現れたらたぶん気絶するだ……


「にゃー」


「うわっ!!……って、え?」


 段ボールから顔を出す白い猫。少し砂がついているが取ったらすごくかわいい猫だろう。


「よ、よかった……」


 ただの普通の猫が出てきて俺は安心し、ほうきをその場に落とす。

 しばらく玄関で座っているとその猫が俺の膝にのって首を傾げた。まあそれがかわいすぎて数十秒間見続けた。


「かわいいなお前……でも俺……飼えねぇな……金ないし」


 あごなどを触ると気持ちよさそうにしている猫を見て少し可哀そうだと思ってしまった。俺一人でもかなりきつい生活をしている。なのにこの猫を飼ったら、餌代がかかってしまいかなり厳しい。


「誰かに飼ってもらわないとな……」


 そう思っていると猫は服の中に潜り込み首からかなり気持ちよさそうな顔で出した。


「ここが好きなのか?」


「にゃー」


「――――――」


 何も言えなくなるような顔をしている猫を見ていると。


 ―――ドン


 また音が鳴った。あの段ボールから。


「まさか2匹か……?」


 もう勘弁してくれと思いながら段ボールに近づくと……顔を出した。俺の思っていたものと違うものが。


「にゃー」


「え?」


 顔を出したのは人。女の人だ。髪は赤髪でロング。丸く優しい目の簡単に言えば、二次元の美少女と言ったほうが速い。


「よいしょっと……初めまして!私は『冒険者』になりたてほやほやのアンカって言います!」


 段ボールから出てきたアンカと言う女の人の腰元には鞘があり、動きやすそうな服だ。これはやばい人なのか真実を言っているのかよくわからない。でも嘘をついている顔でもない。


「あ、あの、どこから来たんですか……?」


「敬語は使わなくていいですからね?」


「は、はい……じゃなくて、うん?」


 どう返せばいいか分からなくなったが、とりあえずいいだろうと思い、息を整えて今あったわけのわからないことを頭の中で整理していく。


「私はダーリアという巨大都市から来ました!」


 はい、また分からないことが出てきた……どこだよダーリアって。日本に、いや地球にそんな場所ないだろ。


「よくわかんないが分かった。とりあえずなんで段ボールになんかに入ってたんだ?」


「いいえ?入ってませんよ?私はただ『願の泉』というところで強い人をパーティーに入れたいと言ったら急に上に穴が出てきて覗いたらここに……」


「ちょっと待て!?」


 どうにかこうにかアンカの言うことを理解しているとすごいことに気づいてしまった。それを確かめるために段ボールを覗く。


「マジで……?」


 段ボールの中を覗くと下には水、否、空間と言ったほうがいいか。まあ言葉では表せない。とりあえずこれでしっかり分かった。


「アンカは異世界から来た……ってことになるな……」


「そ、そうなんですか!?」


 アンカは少し動揺をしたがすぐに気持ちを整えて普通に戻る。かなり理解力が高いんだろう。


「これはどうしたらいいんだ……?」


「にゃー」


 首元にいる猫に尋ねたが鳴くだけ。仕方がないけど。


「その猫、いつ仲間にしたんですか?」


 何言ってるんだと言おうとアンカの顔を見るとかなり真剣な顔でこちらに聞いていた。


「いや、この段ボールから出てきたんだけど……こいつがどうしたんだ?」


「その猫……あ……あの……」


 急に顔を赤くして下を向く。俺がどうした?と聞くとこちらを向いて。


「触らせてください!!」


 目をキラキラさせながらこちらに訴えかけてくる。その顔はそれはまあ目に毒。この顔を見てしまうと断ることができない。特に俺は。


「い、いいよ。こいつ可愛いもんな」


 俺がそう言うと物凄く喜びながら猫の首、頭と触っていく。この猫は人懐っこいやつで普通に気持ちよさそうに目をつむっている。


「あ、あのさ」


「はい?」


 アンカは猫を触りながらこちらを向く。その顔に見惚れそうになったが首を振って、脳内で考え始める。


 改めて疑問に思ったことがあった。アンカが言った『強い人をパーティーに入れる』という言葉。俺が強いのかどうかは知らないが、俺が異世界に行くということになる。本当に俺を連れて行く気なのだろうか、パーティーに入れる気なのか。


「俺をパーティーに入れるのか?」


「そのつもりですけど?どうしましたか?」


 何かあったのかと心配しながら見つめるアンカ。でも――――


「この世界。俺が住んでいるこの世界は魔法も剣を使うこともモンスターもいないし、そんなもの本にしかない。異世界生活とか漫画とか小説でしか見たことなかった。夢に見ていた。でも……俺は無力。ただ貧乏という点でしか特徴のない高校生。学生だ。別に頭がいいわけでもない。運動神経もあまりない。無知無能、そんな俺でも……か?」


 俺は、アンカに断られようと思った。何もできない俺が異世界に行って良いことなんてない。アンカの足を引っ張ってしまう。小説や漫画で見たこの展開。段ボールの中が異世界なんてものはあまり聞いたことないが。こんな夢みたいなこと二度とない。二度と――――


「はい」


 猫を触るのをやめ、立ち上がるアンカ。優しく微笑みながら言った。思ってなかった予想外の返事。


「―――え?」


 さっき何があったのか。何を言ってくれたのか。そう自分に問う。数秒前の記憶を掘る。何をどうやっても聞こえてきた、言ってくれた言葉。『はい』とこの一言だけ。


「ど、どうしたんですか!?」


 急に何を言っているんだと思ったがすぐに気づいた。熱いしずくが目から流れていることに。

 アンカはそっと俺を抱き、頭をなでた。静かに、そっと。


 ―――こんなに嬉しいこと。初めてだ。

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