現実世界でカーストトップに君臨した男は、負けヒロインの笑顔を守るためラブコメ世界でも陰キャデブからリア充に成り上がる
午前の緑茶
第1話 ラブコメ馬鹿
現実ではラブコメなんてものは起こらない。
「あ、おはよ!」
「ああ、おはよう」
廊下を歩いて教室へと向かっていると、一人の仲のいい女の子が話しかけてきてくれたので互いに挨拶を交わす。
さらりと揺れる薄茶色の髪。明るく朗らかに微笑んでこちらを見つめてくる彼女に優しく微笑み返すと、彼女はほんの僅かに頬を赤らめた。
「ねえねえ、今週末空いてる?」
「……空いてるけど、どうかした?」
「じゃあさ、この前話したあの映画、一緒に見に行かない?」
「そうだね。せっかくだしみんなも誘おうよ」
「……わかった。じゃあイツメンを誘っておくね」
「ありがとう。あとでまた連絡するね」
「わかった。じゃあね」
彼女の足取りがわずかに重そうなのは気のせいではないだろう。去っていくその後ろ姿に申し訳なく思っていると、今度は男の声が後ろから届く。
「あーあ。せっかく勇気を出して誘ってくれたんだろうに、また断っちゃって。もったいないなー」
「なんだよ。好きでもないのに気を持たせる方が不誠実だろ」
「それだけモテるのにちゃんと誠実なところはお前のいいところだけどな? それだけモテモテで彼女を作らないとか、羨ましい限りだ。未だに普通の女子に興味を示さない感じ、まだアレ、信じているわけ?」
ジト目でこっちを見てくる長年の幼馴染で親友の視線に、肩をすくめて見せる。
「流石に昔ほど信じてはいないさ」
「中学のお前はやばかったからな。急に「俺は陽キャになる」って言いだして自分磨きを始めたときは何事かと思ったわ」
「だからそれは説明しただろ。ラブコメにハマってそれにあこがれたからだって」
「だからって急に自分磨きを始めるか?」
「それは漫画の内容で陰キャのオタクが陽キャを目指す話があったんだよ。目指す過程で協力者の女子が表れて最終的にその女子と付き合うんだ。その話が結構リアルで、これなら俺でもできるかもしれないって思って始めたわけ」
わかったか?と視線を親友に向けると、ふーん、と気のない返事だけが返ってくる。
「理由を聞いてもお前の頭がおかしいとしか思えないが、そのおかげで結構変われてかっこよくなれたんだし、いいんじゃね」
「なんだよ。お前がほめるとか気持ち悪いな。まあ、変われたこと自体は後悔してないよ。ただ、ラブコメにあこがれてここまで頑張ったんだから、謎の美人転校生が一人くらい来てくれてもいいのに、とは思うけど」
「そんなこと起こるわけないだろ。現実を見ろ」
現実。そう、中学一年生のあの日、ラブコメに憧れて陽キャを目指して頑張ってきたが、その結果は、望んだものとは程遠いものだった。努力の甲斐もあってそれなりにモテるようにはなったが、それだけだった。衝撃的な出会いは一切起こらず、偽の恋人も協力者も謎めいた先輩も現われはしなかった。
今考えれば、当然の結果だろう。漫画の中は所詮フィクション。現実にラブコメなんてものは起こらない。
だがそれをこいつに言われるの無性に腹が立ったので八つ当たり気味に言い返す。
「うるさいな。お前も親友キャラなら、昔約束した許嫁とか小悪魔な後輩とか、一人くらい連れて来いよ」
「頭大丈夫か?」
「最悪、お前が女の子だったらツンデレ幼馴染になるのに。はあ」
「おい。その「使えない」みたいな視線はやめろ」
♦︎♦︎♦︎
「それにしても、なんでお前そんなにラブコメが好きなんだ?」
「あれ?言ってなかったっけ?元々漫画とかラノベは好きだったんだけど、ある時一つの漫画に出会ったんだ。『偽カップル』って漫画なんだけど……」
「ああ、あれか。確かにお前から凄い勧められたな。今思い返してみれば、お前の言う通りあの時からお前がことあるごとにラブコメの話をするようになったな」
納得したようにうなずく親友。そんな様子の親友を横目に見ながら俺は『偽カップル』について思い返した。
『偽カップル』、それは俺が一番大好きなキャラが出てくる漫画の名前だ。
そんな彼女が大好きになったのは物語の終盤の告白するシーン。主人公がもう一人のヒロインのことが好きだとわかっていながらも自分の気持ちにけじめをつけるシーンがあまりに切なく、あそこで日葵は俺の大好きなキャラになったのだ。
もちろん主人公ももう一人のヒロインも良いやつなんで物語自体もとても面白く気に入っている。
「ほんと、クラスの人気者のお前がこんなラブコメ馬鹿だと知ったら、ドン引きだろうな」
「そこは分かってるっての。だからクラスではちゃんと抑えてはいるだろ」
「あれで抑えていたのか……」
俺の言葉に親友は驚いた表情を見せてくる。あ、やっぱりまだ抑えきれていなかったらしい。
「まあ、もういいだろ。ほら、早くいこうぜ」
「ああ」
これ以上こいつと話しているとさらに「きもい」と言われそうだったので、速足で教室へと向かった。
♦︎♦︎♦︎
「それでは、これで授業を終わる」
「きりーつ。礼。ちゃくせーき」
「よっしゃー!今日の授業終わったー!」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、クラスの誰かがそんな声を上げる。周りのひともがやがやと話し始めて静かだった教室に喧騒が宿り始めた。
自分もやっと授業が終わった解放感に伸びていると、仲のいい男子が一人声をかけてくる。
「なあ、今日カラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」
「悪い。今日はどうしても用事があるんだ」
できるだけ申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせて相手の様子をうかがう。断っても出来るだけ不快にならないように。俺が身につけた対応の一つである。
「こいつ、今日は親の手伝いがあるんだってよ」
親友も俺の意図を理解したのか、理由を追加してくれる。こういう理由は本人よりも他人から聞かされた方が説得力を持たせられるのだ。
「あ、そうなんだ。なら仕方ないな。また来週あたり一緒にいこうぜ」
「ああ、悪いな。来週は絶対行くよ」
話しかけてきてくれた彼は、気にした様子もなく微笑んで戻っていく。ふぅ、と一息吐くと、今度は親友が話しかけてくる。
「それで?断った本当の理由は?」
「あ、いや、実は本当に親の手伝いがあってさ……」
「お前の親は両方とも公務員だろうが。それで何を手伝うってんだ」
適当に取り繕うも、即座に見破られ鋭い視線を向けられる。
「当ててやろうか?どうせ今日発売のラブコメの新刊を買うんだろ。確か最近ハマってるラブコメが今日発売だっただろ」
「なんでそれを……」
まさかばれているとは思わず、たじろいてしまう。そんな俺の様子に親友は分かりやすく「はぁ」とため息を吐いた。
「何年お前の親友をやってると思ってるんだ。まあ、その理由でお前が断るのは分かるけど、せっかく誘ってくれたんだからたまには行けよ?」
「ああ、分かったよ。ほんと今週だけだから」
「なら、いいけど。じゃあ、じゃあな」
「ああ、明日な」
おそらく俺を心配して注意してくれたのだろう。もともと陰キャのオタクだった俺に色々教えてくれたのはこいつなので、その教授の一環かもしれない。親友の言葉をありがたく受け取って、俺は急いで本屋へと向かうことにした。
この町の本屋さんは駅前に一つと商店街に一つある。だが商店街の本屋さんは蔵書数が少なく、目的の新刊を扱ってない可能性があるので、駅前の本屋さんに向かって歩き進める。
今回買いたい漫画は『偽カップル』と同じくダブルヒロインの漫画だ。どうやら俺は負けヒロインを好きになりやすいらしく、今回もおそらく負けてしまうであろうヒロインの方を応援している。俺がもし漫画のキャラなら全力で負けヒロインをサポートしたいくらいだ。
そんなことを考えながら歩道を歩いているとき、後ろから悲鳴が聞こえた。その声につられて後ろを振り返る。するとすぐ目の前にトラックが迫ってきていた。
(は?え?)
訳も分からず、体が固まる。逃げなきゃ、そう思うも体は動いてくれない。ただ思考だけが引き延ばされ、周りの景色が遅く見える。
(死ぬ?俺は死ぬのか?)
疑問がが尽きない。何なのか、これは。何が起きている?突然の出来事にひたすら思考は空回りし続ける。
何もできないまま、トラックはどんどん近づき――今までの人生で味わったことがない衝撃が身体全体に走り、俺の意識は途絶えた。
♦︎♦︎♦︎
「…………っっはぁ、はぁ」
飛び起きて周りを見れば、そこは見慣れた自分の部屋。窓のカーテンは閉められて薄暗い。
乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返していく。背中が寝汗で気持ち悪い。びっしょりと嫌な冷や汗のせいで下着が背中に張り付いている。
「……なんだったんだ、今のは」
さっきのことを思い出してそう呟いてみるが、心の中ではもうわかっていた。あれは俺の前世の記憶だ。どうしてそう思うのかと聞かれてもなんとなくとしか答えようがないが、確信めいた感覚があった。
幼少期からあの死ぬ直前までの記憶、すべてが鮮明に思い出せるし、その時々で感じてきたこと、考えてきたことも覚えている。記憶は前世と現世の両方あるのだが、不思議と混乱しない。どうやら考え方というか人格は前世も現世も同じなようで、昔の俺、今の俺という感じに近い。
(なんだ、前世の俺もラブコメが好きだったのか)
まさか、前の俺もラブコメが大好きだったとは。生まれ変わってもそこは変わらなかったらしい。唯一大きく違う点といえば、前世の俺は陽キャのオタクで、現世の俺は陰キャのオタクってことだろう。
ベッドから起き上がり姿鏡を見る。そこには、おなか周りに肉が付いたぽっちゃりした姿があった。おなかに手を伸ばしてつまんでみれば、むにゅりと柔らかい感触とともに肉が伸びた。
顔自体は前世と変わっていない。ただ、見た目だけが大きく異なっている。眼鏡でぼさぼさの髪。セットでどうこう出来る問題ではなく髪型がダサい。顔周りにも肉がついて、前世の最後の時より一回りほど顔が大きい。ここまで違えば流石にショックを受けそうなものだが、そうはならなかった。
(中学の時の俺だ……)
中学一年のまだ陽キャを目指す前の自分の姿そっくりで、どこか懐かしささえ感じてしまう。一瞬前世のように頑張って陽キャを目指すか考えるが、そのやる気はすぐに失われた。
前世では「ラブコメのようなことが起こるかもしれない」という期待から頑張れたが、もうすでにそんなことは現実では起こらないと知ってしまっている。その状況で頑張ろうとは思えなかった。
昔のような自分の姿をぼんやりと眺めていると、部屋の扉越しに声がかかる。
「優一?早く起きないと遅刻するわよ!」
「……はーい。今起きる」
母親の声に我に返る。そうだった。今日は始業式だった。今日は、高校二年生になって初めての登校日なのだ。色々ありまだ混乱しているが、登校しないわけにはいかない。急いで学校へ行く準備を進めた。
忘れ物がないか確認しながら教科書をリュックに詰めて、着替えをする。そして着替えを終えたらご飯を食べて家を出るのが俺のルーティーン。
「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
母親に見送られて学校へと向かった。
クラス替えの発表を見て、自分のクラスを確認する。その後教室に到着し、自分の席へとついた。無事学校についたことにほっと安堵しながら、現在の状況を整理していく。
まずは、名前は只見優一。現在は四月。高校二年生で入学初日ということだ。現世の俺はぼっちでオタクなようで、この現状の通り、誰も話せるひとがいない。見た目もぽっちゃり眼鏡で、見るからにザ、陰キャという感じだろう。
そんなことを整理していると、後ろの教室の扉が開く音がした。
「おーっす、翔……って」
「も、本宮くん!?どうしたの?その怪我!」
なにやら騒がしい。一体なんだろうか。少しだけ気になり、ゆっくりと体をひねって後ろを向こうとする。
後ろの様子を確認しようと体をひねりながら、俺はまだ整理していなかったことを思い出した。ああ、そういえば、俺の通う学校の名前は
(え?え?)
一瞬混乱する。その学校名は『偽カップル』の舞台であって現実には存在しない場所。それはつまり……。
思考が追い付かないまま後ろを振り向いたとき、そこには憧れてやまなかった大好きなヒロイン、安達日葵の姿があった。
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